気弱な僕とライダースの話

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僕はバイクに乗れません。 それどころか車さえ運転できません。 免許はあるんです。 ええ、ペーパードライバーと言う話です。 ライダースというのはバイクのジャケットの事です。 「ライダースジャケットじゃないの?」 とこの話の当人である友人の晴耕に尋ねた所。 「それで意味が通じるからいいんだよ」 との事。 残念ながら僕は意味が解りませんでした。 けど、こんな話を晴耕としだすと長いので黙った。 様々なカラーの使われた色彩豊かなジャケット。 気弱な僕にはとても着れません。 しかし、バイクを運転している人はちょくちょく見かけますが晴耕の来ているようなジャケットは殆ど見かけない。 「趣味?」 「そうともいう」 「成程」 「でもそれだけじゃねえぜ。派手だと目立つだろ」 「目立ちたいんだ」 僕、拳骨食らいました。 痛みで目が回っている僕。 「目立つ分だけわかりやすいだろ。車とかさ」 「そういう意味なのね」 でも殴らなくてもいいんじゃないのとか思っていると。 「多分、ここまで目立つジャケットは殆ど作られてねぇ。それ程、安全になったのか、時代じゃないのか」 「でも着るんだ」 「ポリシーみたいなものさ。それに俺はオールドタイプだしな」 豪快に笑う晴耕。 僕は返事を飲み込み黙った。 確たる自分を持つ晴耕。 それに比べて僕は。 「比べる事が間違いなのさ。俺は俺、一郎は一郎。それ以上でもそれ以外でもない。世界に田中一郎と言う名前の人間が何人いようとも、お前は一人だし、俺は結構気にいってるよ。お前の事がさ」 そう言い残して晴耕は去っていた。 世界に一人。 唯一。 褒められた気がして僕は少し気分が良くなった。 こんな日は無性に出かけたくなる。 でも僕には車もバイクも無い。 だけど歩いてでも出かけるつもりだ。 折角こんな気分になったのだから。
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