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むこうがわ。
「おい恭一!早くこっち来いって、翔一兄のレース始まっちまう!」
「待って待って兄ちゃんズボン脱げるっ」
「全くお前はだらしねぇなあ」
次男であり兄の光一に引っ張られ、僕はテレビの前に座った。一番下の三男坊である僕・恭一はまだ小学生、真ん中の光一兄は中学生。そして一番上の兄の翔一は十九歳――オリンピックの日本代表選手である。
年が離れているからこそ、僕達三人はいつも仲良しだった。十歳も上の翔一兄は、僕にとってみればお兄さんというよりもう一人のお父さんのような存在だ。たくましく、力持ちで、頭もいい。でも何より自慢なのは、とにかく水泳が上手いということ。念願叶って兄がオリンピックに出られることになった時は、自分のことのように大喜びしたものである。
この最終レースの兄の成績次第で、日本がメダルを取ることができるかどうかが決まってくる。この種目には他にも何人か日本人選手がエントリーしていたのだが、今回はみんな不調で兄ほど良い成績を残すことができなかったのだ。日本の最初のメダルは、完全に兄の背にかかっている。絶対に負けられない戦いだ。
よりにもよって今日、お父さんもお母さんも仕事で家には遅くまで帰ることができない。一軒家の我が家には、夜まで光一兄と僕の二人だけになる。裏を返せば、いつもなら“近所迷惑でしょ!”とお母さんに怒られるくらい大きな声で応援しても許されるということだ。今日だけは、テレビに齧り付いて声を張り上げるくらい、許してもらいたいと思う。なんせ、大好きな翔一兄の晴れ舞台なのだから。
「頑張れ翔一兄ちゃん!負けるな兄ちゃん!!」
「恭一、兄ちゃんが何色のメダル取れるか賭けるか?ハイパーカップのアイス一個」
「賭けにならないでしょ。金メダルに決まってる!」
「はは、そりゃそーだ」
仲良し兄弟二人。ソファーに座って、祈るようにテレビ画面を見つめた。
そして。
スタートを告げる――甲高い音色と共に、歓声を上げたのである。
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