むこうがわ。

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 *** 「おい、俺達もせっかくだからどうだ、賭けるか。負けた方が王様の部屋でピンポンダッシュするってことで」 「はーお前最悪。つか死ぬわ。何で俺達まで負けられない戦いしなくちゃなんねーの」  某王国。同僚のタンゲスに言われた言葉に、俺は心底嫌な声を出した。  王様の家来である俺と彼。王宮に設置された防犯カメラの監視という、実に退屈で仕方ない仕事をしている真っ最中である。で、あまりにも暇すぎるので、現在モニタールームでこっそり二人でテレビを見ているというわけだ。  今王国で人気のサスペンスアニメである。異世界で殺人事件が起き、それを名探偵が次から次へと解決していくという話だ。今回は“日本”という国の、平和な一軒家で事件が起きるらしい。どうやら現在、三兄弟の長男がオリンピックの水泳選手をしていて、弟二人が留守番しながら家で兄の応援をしているという場面らしい。  そして、あらすじによれば。この弟二人のうち、どちらかがこれから入って来た強盗に殺されることになる、らしかった。で、その事件の犯人や手口を名探偵が解決していくのだろう、いつものように。 「確かに王様の部屋のピンポンダッシュとかマジ命懸けだけどさ、それくらいしないと緊張感ないじゃん」  タンゲスは口を尖らせて言う。そんな自分達の目の前、テレビの中の兄弟は一生懸命声を枯らす勢いで長兄の応援をしていた。  これから自分達が、強盗に殺される運命にあるなど梅雨とも知らずに。 「賭けようぜー。これからどっちが殺されるか!次男の光一か、三男の恭一か!俺は三男に賭ける、ちっこいからすぐ死にそうだし!」 「ひっでえ賭けすんなあお前。人の命をなんだと思ってるんだか」 「いいじゃん、どうせ“アニメの中のお話”で“現実じゃない”んだしさ」 「まあなあ」  彼の言葉に。俺は少しだけ苦笑いして――告げることにする。 「でもさ、タンゲス。確かにあのテレビの兄弟は、俺達にとって架空の世界の物語だけど。俺達だって実は……俺達が現実だと思い込んでるだけで、実際はそうじゃないかもしれないんだぜ?案外、どこぞのネットに掲載されてる、WEB小説の登場人物とかかもしれない」  大真面目にそう言ってやると、タンゲスは一瞬きょとんとして――次の瞬間、はじかれたように大笑いした。 「ははは、何言ってんだお前!俺らが架空の世界の人間?小説の登場人物?ないない、空想小説の読みすぎだぜ。今こそが現実だ、お前だってわかってるんだろ。退屈すぎて頭湧いたか」 「ま、そうだな……」  そういうものだよなあ、と俺は思う。そうだ、お話の中の登場人物は、自分が架空の存在だなんて思いもしないのだ。目の前の、テレビの中の兄弟もきっとそう。自分達がアニメの中の存在で、その運命が予定調和として決められているだなんて思いもしないのである。  今こそが、現実だ。  お話の中の登場人物であっても――彼らはみんな、当たり前にそう思っているはずである。隣で笑う同僚がそう考えているように。
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