私の林檎

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私の林檎

私は子供を授かった。 日を追うごとに、私のお腹で成長していく。 私にはそれが怖かった。 お腹が大きくなるにつれて、愛しさと憎らしさも大きくなってせめぎ合う。愛しさは憎らしさに萎縮して、憎らしさは自分が汚らわしくて仕方がない。 気が狂いそう。 けれど私は孤独だった。 私には、この我が子一人。愛しいこの子。憎らしいこの子。 私はお腹に手を当てて、我が子に問う。 ねえ、あなた何がしたい? お腹大きくして、私を苦しめたい? 生まれてきて、私に撫でて欲しい? まだ何の意思も持たぬ、我が子。 私は夢を見るようになった。 気の狂った私が、大きなお腹を刺す夢。 とても恐ろしい夢だった。 何よりも恐ろしいのは、まだ見ぬ我が子が同じ夢を見ているかも知れぬということ。 私はこの夢を見た朝に、必ず泣いた。 お腹を抱いて、ごめんなさいとうわ言のように呟いて。 けれど、同時に私は我が子を憎んだ。ほとんど当てつけのように。 この夢を見せるのは誰? 私の痛み?それとも、あなたなの? だれ、だれ…やめて、やめて…。 ひどく大きくなった私のお腹。 私は台所で包丁を握っていた。林檎を切っていた。 ざく、ざく。ざく、ざく。ざくっ。 規則的な音を立てて、不必要なくらい細かくなっている事に、私は気がつかない。 ざくっ、ざくっ、ざっ、く。ざくっ。 音は徐々に不規則になっていく。林檎の形も歪になる。 そして、衝動的にまだ切っていない林檎の片割れに包丁を突き刺した。 ざくっ。 それを引き抜いて、私は自らのお腹に包丁を当てがった。 ついに、私は気が狂ったんだわ。 この手で、我が子を殺そうとしてる。 ごめんなさい。もう無理なの。 包丁を高く掲げて、私は包丁を振り下ろした。 しかし、すんでのところで私は包丁を落としてしまった。 我が子が、お腹を激しく蹴ったのだ。 私はその場にそっと膝をついた。 何が正しいのかわからなくなった。いいえ、正しくないことはわかるの。 今ここで私がこの子と死んだなら、私がこの子を殺したなら。 世間は私を責め立てるわ。 「殺してしまうなら、どうして子供を作ったの」 「母親失格」 「人間失格」 「死んでしまえ」 「その子のために生きなさいよ」 誰も私のこと知らないじゃない。 両親が頼れないこと、知らないじゃない。 この子がどうやって出来たのか、知らないじゃない。 何も知らないのに、知ろうとしないのに、どうして私を殺そうとするの。 どうしてこの子を殺そうとするの。 私はひたすらお腹を殴った。 死にたくない。死にたくない。 殺したくない。殺したくない。 感情の風船が、私の中でどんどん膨らんでいく。 膨張して膨張して、ついに弾けた。 私は叫ぶように泣いた。 隣の部屋の住人が、激しく壁を叩いた。 それでも泣き続けた。 泣き続けて、私はそのまま眠った。 睡眠の中へ強引に引きずり込まれる直前に思ったのは、 このままこの子と一緒に死ねたらな ということだった。 尋常ではない痛みで目覚めた。 滝のように汗をかいて、目をカッと見開く。 あまりの耐え難さに、人間とは思えない叫び声をあげた。 隣の部屋から怒声が聞こえる。 それでも叫び続けた。 我が子が生まれ出ようとしている。 私は自然とそれを押し出そうとしていた。 出ておいで、出ておいで。 隣の人が「ぶち殺すぞ!」と叫んだ。 その時、我が子が私の前に現れた。 息も絶え絶えに、私は我が子を抱いて静かに泣いた。 傍の包丁でへその緒を切る。 その時、インターホンが連続で何度も鳴らされた。 私は我が子を抱えたまま、ドアを開けた。 そして、片手に持っていた包丁で隣人を刺した。
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