何も植えてはいけない土地

1/1
前へ
/6ページ
次へ

何も植えてはいけない土地

 ある日の昼休み。  桜太朗はメロンパンと焼きそばパンを手に、薫の机に近づいていった。 「薫くん、お願いがあるんだけど」  ちょっぴり猫なで声を出して、パンを両手に掲げる。お弁当を食べようとしていた薫は、メロンパンのほうに手を伸ばした。 「これ、くれるの? ありがとう。それで、お願いって?」 「数学の宿題見せてほしいんだ。たぶん、今日の授業で当たるからさ」 「……宿題は自分でやるもんだけどなぁ」 「そこをなんとか! 次はちゃんとするから……」  桜太朗が顔の前で両手を合わせると、「しょうがないなぁ」と言ってノートを差し出した。 「津島くんが勉強してもしなくても僕には関係ないから、貸してあげるけど。でも、頼み事をするなら、ほら。僕に差し出すべきものがあるでしょ?」  メロンパンをむしゃむしゃしながら、薫はそう言って手を差し出してくる。  だが、そうやって要求してくるものは物品ではない。  このメロンパンが似合う美麗な容姿に可愛さも兼ね備えたみんなの人気者・薫くんは、頼み事は何だかんだ気前よく引き受けてくれるのだが、それにはあるものを差し出すことが条件なのだ。  そのあるものというのは、怖い話だ。  薫は無類の怖い話好きらしく、人から頼まれ事をするとその対価として、こうして怖い話を要求してくる。 「そうだったそうだった。大丈夫。ちょうどこの前、新しい話を入手したからさ」  桜太朗のほうも心得たもので、薫の前の席に腰掛けると、咳払いをひとつして話し始めた。  これは俺のおじさんから聞いた話。  うちのおじさん、自由人っていうか、ちょっと放浪癖がある人なんだ。昔はそういう人のこと、フーテンって言ってたらしい。  そのフーテンおじさんはふらふらしながら見知らぬ土地に行って、そこで何かしら仕事や住むところを運良く見つけて少し居着いて、飽きたらまたどこかへ行くって生き方をしてたんだって。  それであるとき飲み屋で知り合った人が、自分の家に住んで管理してくれないかって頼んできたんだって。  頼みっていうのは本当に、そこに住んで家が傷まないようにしてほしいってだけ。家は人が住まなくなるとすぐに傷むから、自分がそこに寄り付けない間、住んでほしいってことらしい。  おじさんはしばらくの住処を得られるならってことと、少しなら謝礼を出すって言われて、少し悩んで引き受けたんだ。  普通、もっと悩むし引き受けないだろって話だけど、そこがフーテンおじさんのフーテンたる所以なんだろうね。  で、その頼んできた人に家の住所が書かれた紙と鍵をもらって、おじさんは電車やバスを乗り継いで縁もゆかりもない土地へ向かった。  そこはほど良く田舎で、都会の喧騒が得意ではないおじさんにはちょうどいいところだったって。まあ、ちょうどいいって感じただけで、好きとか嫌いとかは感じなかったみたい。  家まで行ってみたら、そこは結構古めの一軒家で、これといった特徴はない家だったそうだ。ボロボロだとか、おばけが出そうな不気味な雰囲気だとか、そういうこともなかったらしい。  そんなふうに見知らぬ人間に住むよう頼むくらいだから、曰くつきなんじゃって思うのが普通だろ?  当然おじさんもそう考えたみたいだけど、実際はなんてことなかったって。  それで問題なく住み始めたんだけど、家の持ち主と変わった約束をしてたから、それが少し面倒だったって言ってた。  その約束っていうのは、家の裏手にある畑には何も植えてほしくないってこと。だから、草が生えたのを見つけたらちゃんと抜いてほしいって。  これが地味に大変なんだよね。ほら、雑草ってすぐ生えてくるじゃん。最初のうちはおじさんも、律儀に毎日畑を見ては、生えてきた草を抜いてたらしいんだけど、そのうちに面倒くさくなったんだって。  だから、毎日だったのが三日に一度になり、三日に一度だったのが五日に一度になり……って感じで、雑草との向き合い方もゆるくなっていったらしい。  まあ、そういうこと勤勉にできたらさ、そもそもフーテンな生き方なんてしてないわけだし。  それであるときサボって十日ぶりぐらいに畑を見たら、何か生えてたんだって。雑草とかそこらへんのどうでもいい草じゃなくて、何かしっかりした野菜みたいな植物が。  気になってよく見てみたら、それはナスだったらしい。まだ小さいけど実をつけて、その実が育ったら食べられるだろうなって感じのものがたくさんなってたって。  おじさん、別にナスは好きじゃないんだけど、そうして食べ物が自生してくれてたら助かる、できたら食べたいって思って、一応家主に許可を取ろうとしたんだって。  だから、そのナスの写真を撮って、「こんなものが畑で育ってますが、食べてもいいだろうか?」ってメールしたらしい。連絡先として聞いてたから。  そしたら、すぐに電話がかかってきて「食うな! 今すぐ立ち去れ! その顔のことも忘れろ!」って怒鳴られたんだって。  そのあと家主の男は錯乱したみたいになってずっと、「何であの顔が」「まだ鎮まってないのか」「いつになれば終わるんだ」「逃げられない」とかなんとか、ずっと言ってたって。  それが怖くなって、おじさんはすぐに逃げ出したらしい。鍵は敷地内のわかりにくいところに隠して、その旨をメールで伝えて、そのあと念を入れてメアド変えて家主の番号着拒して、徹底的に関わらないよう気をつけたらしい。  家主の男が何を怖がっていたのか、その家に何があったのか、なぜ人に預けてしばらく住まわせようとしたのか、何ひとつわからなかったけど、やばいってことだけはおじさんにもわかったんだってさ。  ていうのも、そのときは無我夢中で逃げたけど、あとで写真に撮ったナスを見たら、顔がついてたからって。  そう、人面ナス。  わからないことだらけだけど、家主が怖がってたのがこの顔だってことはわかったっておじさん言ってた。畑で直に見たときは、そんなの気が付かなかったのに。  意味わかんないよね、顔のあるナスとか。  でもその写真、拡大してよく見たら同じ顔だけど微妙に表情が違って、成熟するにしたがって口が開いてたらしい。  食べ頃になったらどんな顔になってたのか、それはちょっと気になるよね。 「ごめん。これ、怖い話っていうか変な話だね」    話し終えて、いまいちだったかなと思って桜太朗は頭をかいた。  叔父から聞かされたときは、彼の話しぶりがあまりにうまくて、ずいぶん怖い話だと思ったのに自分で話してみると、そのとき感じた怖さをあまり表現できていないように感じる。  だが、薫はおいしいものを食べたみたいに機嫌がよさそうな顔をしていた。どうやら、面白かったらしい。 「そのナス、人間を騙して食べさせようとしてたんだろうね。普通のナスのふりしてさ」  にっこりと、さも面白いことだというように薫は言う。  何かのジョークだろうかと思いつつ、桜太朗にはその意味がわからなかった。 「……どういうこと?」 「文字通り、口を借りようとしたんだろうね。それで、自分を殺した人間への恨み言でも言うつもりだったんじゃないの?」 「恨み言? 自分を殺した? ナスが?」 「ナスじゃなくても、そこに植えた作物には顔がつくんじゃないかな。土が悪いんだろうね。土っていうか、土地か」 「お、おう……」  薫の説明に、桜太朗はわかったようなわからないような気分になった。  だが、叔父から話を聞いたときとは別の怖さを感じるようになったのは言うまでもない。    
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加