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は、と顔をあげる。気づけば、俺の傍に杖を両手でついた老人が立っていた。白く長い髭をたくわえた、八十代くらいの。まるで仙人だ、と俺は冷静な頭で思う。
「いえ……観光というか、里帰りです」
「こんなところへかね」
「いえ、この駅の先です」
雑草の茂った廃線を指さして答える。老人は小さな目を少し見開いて、
「山中村へか」
「あ……はい」
俺がこれから向かう村は、「山中村」と呼ばれている。本当は別に正式な名前があるのだが、山の中にある村なので「山中村」と称されることが多い。村民は6500人程度で、山に囲まれているからか外と交流のある人間は少ない。そのため山をひとつ超えた先の隣町の人間でも山中村の存在を知る者はほとんどおらず、その正式な名称が扱われることは全くないと言っていいだろう。それほど、閉ざされた土地にあるということだ。
「山中村か……」
老人がひとりごちた。
俺は黙り込む彼の横で所在なく突っ立ったまま、目だけ動かしてあたりを見回した。
緑、緑、緑。それから電車と駅。
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