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しまきのその問いに、何故かぎくりと肩が強張る。なぜ……? なにもやましいことなどはない。だというのに、しまきの視線が痛いような気がしてならない。ざらめは頬がじりじりとする気配に、軽くかぶりを振った。
「――お前さんとあの老夫婦……まるで親子じゃないか」
弾かれるごとく、ざらめはしまきを見る。顔も名前も覚えていない両親の姿を、知れず彼らに重ねていたのだろうか。ざらめは考え込むように視線を落として、爪先を差した鼻緒を見つめる。
「似てるよ。人の好さそうなところとか、雰囲気とか」
「そんな、こと……」
ふいに、足音が影を伴って現れた。腰を折る、あの老主人であった。
「お二人、旅立ちの算段ですかな」
――はい。ざらめがそう答えようとした刹那、唐突に地面に伏し、彼は拝むように手を合わせた。その眦には、月光に照らされた雫が光る。
「どうか、どうかこの地に留まってはいただけませんか」
「……じじ殿?」
「あんなに嬉しそうな妻は、久方ぶりに見ました……不躾ながらお二人は訳ありの道行きのご様子……この村であれば腰を落ち着けても問題はありますまい」
悲痛な願いに、ざらめの胸は引き絞られる。なんと答えたらよいか分からなく、しまきを見やると彼は優しく手を伸ばし、老人を支え立ち上がらせた。
「ではじじ殿、ひとつだけ聞かせてくれないかい」
「はい、はい。なんでも答えましょう」
「――お二人には、子息がいたのでは?」
「しまき様!」
不思議とざらめの喉に緊張が走る。開けてはいけない箱の蓋に手をかけたような、そんな心持ちで袖をぎゅうと握り締めた。
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