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「ねぇ料理長、そんなに高いならお宿で食べる分だけ炊いたらいいじゃん。お裾分けはやめてさ、またイカナゴが沢山とれた時にしたらいいじゃん。ね、そうしよう!」
足音もなく近づいて来る女将に、料理長は何とか清香に目で合図するが遅かった。
「イカナゴはな、10キロ炊いて一人前。ちまちま炊くのは邪道なんや!しかも、お裾分けこそがくぎ煮作りの楽しみの一つ。よー覚えとき、清ちゃん」
振り向いた清香のおデコにクリーンヒット。
女将のデコピンは地味に痛い……。
「今年も作らん。大きさも気にいらんしな」
「確かに、稚魚ではなく魚になりかけてましたね」
魚だなまで出かけた女将と料理長は、今年も手ぶらで帰る羽目になった。
「あんなん炊いたら生臭さが残るわ」
イカナゴの稚魚が住みにくくなるほど海がキレイになったのです。
美しく、キレイな海は嬉しいけど、稚魚の栄養分までなくなってきているとか。
何事もバランスが大事です。
気長に待ちましょうか。
「お裾分けってどうせ近所のエロ狸達でしょ?意味あるのかな〜……」
「吾郎太達にはお世話になってるし。わたくしの作るくぎ煮で一杯が、長生きの秘訣らしいで?」
「……心配しなくても、殺しても死なない化け狸だし」
春を運んでくる『いかなごのくぎ煮』は、今年も作れなかったけど、きっとまた復活してくれますように。
「料理長、なんや白いご飯が食べたいわ。ご飯のお供は……今日は料理長の漬けた大根だしてな」
「あ〜私も、私も」
騒々しい春のお宿にて。
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