あのときの歌はのうぜんかつら

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あのときの歌はのうぜんかつら

待ち合わせに一時間も遅刻してきた君を、誰も怒らない。 だって時間は無限にあるから。 今日はこれからカラオケに行って、メロンソーダにソフトクリームを浮かべて飲む。フリータイムで入るから、メロンソーダも時間も無限。 いつものカラオケ。外壁が真っ青で看板が真っ赤で、トイレがバリアフリーとは対極な造りのカラオケ。 飽きるまでカラオケにいるから、そのまま朝になるかも。でもわかんない、飽きたら出て、たっちゃんの下宿で怖い話をしよう。夏だから。 君が着てきた初めて見るオーバーオールは古着?それともいつものおしゃれなお店で買ったの? アコちゃんが、オーバーオールの肩の部分を引っぱって脱がそうとして、それを君は無視して話してる。インターンシップの話。たっちゃんはそれを真剣に聞いている。 私はちょっと後ろを歩いて、君の右手の大きな荷物がなんなのか考える。 スーパーの大きな袋に入った四角い何か。 なんだろう。 おもちゃでも買ってきたのかな。 大学のなにか、課題?でも私たちただの社会学部だよ。広く浅くの社会学部。 やっぱりおもちゃか。それか、プラモデル。 君の車に乗った時、ずっとガンダムが流れてた。あれはDVD?車でDVDって見られるの?助手席でずっと考えてたけど、訊かなかった。 きっとガンダムのプラモデルだ。カラオケで作るんだね。いいね。 カラオケの部屋がちょっと狭くて文句を言って、だけど自作のメロンフロートで気分を上げて、心も体も全部、「楽しい」だけになる。 君がくんだレモンスカッシュの泡は透明。その横に、私の緑。 曲を選ぶたっちゃんに、アコちゃんがイエモン歌ってってリクエストしてる。だけどたっちゃんはGLAYのとこばっか見てる。 君がスーパーの袋をテーブルに置く。中身を出す。私はそれをじっと見てる。ガンダムが出てくるのをニヤニヤして待ってる。 だけど出てきたのはケーキの箱だった。 見たことないくらい慎重な手つきで君が箱を開けているのを、不思議な気持ちで見つめる。 「なんでケーキ?」 訊いても君は答えない。すごく慎重にケーキを出してるところだから。 真っ白なケーキにはなんの飾りもなくてまっ平ら。 そしてぐにゃりと崩れてる。崩れてるのを見て、 「あー!やっぱり!やってもーてるー」 君は心底悔しそうにテーブルにつっぷした。 「えーなに?手作りじゃん!」 アコちゃんの言葉で気づく。ほんとだ。お店のじゃない。手作りのケーキだ。 テーブルに顔を埋めていた君がぼそりと言う。 「チーズケーキだよ」 袋から紙皿とフォークまで出てくる。 服のこと以外なんも考えてないくせに、ケーキを入れる箱とか、紙皿とかフォークとか、準備したの?自分で? そう言いかけて、やめる。 なんか走馬灯みたいに思い出したから。いつかの君との会話。 誕生日が7月だってこと。ケーキだと一番、チーズケーキが好きだってこと。 君に訊かれて私は答えた。ゼミの前。チャイムが鳴る二分前。空は青くて、木の葉っぱがすごく緑だった日。 「誕生日おめでとう」アコちゃんが笑う。たっちゃんがマイク越しに「おめでとー!」と叫ぶ。 君はだけど言わなくて、崩れてない部分をやっぱり慎重に切り分けて、紙皿にのせて渡してくれる。 メロンソーダの上のソフトクリームがとけて、テーブルに落ちる。 レモンスカッシュの氷もとけて、グラスがびっしり汗をかく。 たっちゃんがGLAYの冬の歌を歌い始める。アコちゃんが、ミニモニ。を歌うよと声高らかに宣言する。 君は私の顔を覗き込んで、「どう?」って訊く。 初めて見る顔で苦しくなる。 君がケーキを入れる箱を買って、紙皿とフォークを準備して、慎重に切り分けて渡してくれる。そんで「どう?」って、そんな顔で。 やめてくれよ。泣きそうだよ。 「ソーダ水越しになんとかって、ほら、あのいい曲。あれ今日も歌う?」 歌う、歌うって頷いたら、「やった」だって。 やめてくれよ。 チーズケーキなのにうんと甘いそのケーキを、私はうんと褒めればよかった。 こんな嬉しいことはないって、一番美味しいって、ずっと一番だって、思ったことを言えばよかった。 素直に言えばよかった。
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