1年生編8月

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◆どの時代も人間はお祭りが好き。魔女も祭りごとは好き  文化祭の準備のため教室で作業をしていた時、クラスの中でも陽気な雰囲気を醸し出している男女たちが地域で行われる祭りごとについて話をしていた。 「うみちゃん、わたしたちもお祭り行かない?」  近々、駅前にある大通りで祭りが開催されるらしい。 「駅前の通りが何百メートル……全部合わせたらキロまでいくのかな? まぁそのくらい長い距離にね、露店が並ぶの」 「何の神様を祀り上げるの?」 「うーん? おみこし担いでいる姿は見たことあるけど、なんの神様なんだろうね。わたしも分からないや」 ――現在の日本人はほとんどが無宗教だったか。  つまり目的としては、信仰・祈願ではなく、現実的な金銭的利益の搾取とこの学校で行われる文化祭のように盛り上がること自体が大切なのだ。 「ね、行こうよ。きっと楽しいよ」  侑希が楽しいと言うならば、間違いなく楽しいのだろう。 「うん、分かった。行くよ」 「本当! それなら浴衣も着ようよ。うみちゃん、持ってないよね?」 「持ってはいないけど……」 「けど?」 「涼子が用意している気がする……」 「じゃあさ、持ってなかったら連絡して。わたし何種類か持ってるから貸してあげる!」  海の知識の中に浴衣が存在せず、侑希の話を聞きながらスマートフォンで検索をしていた。  浴衣の画像を見た海の感想としては、動作的な面でも不便そうであり、防御力という面でも随分と頼りなく見える布というところ。しかし、”日本人らしい”恰好というのはよく分かる。 「うみちゃんは紺色とか青色が似合いそうだよね~。黒地のものも格好よさそうだし、ピンクだと可愛くなりそう」 「この顔立ちで映えるかな?」  魔女と言っても見た目は西洋の女性そのものだ。日本人用に作られている着物がマッチするとは思えなかった。 「大丈夫だよ。あとさっ、こう髪を上げてまとめたらいいんじゃない? 首も綺麗だし」 「やけに褒めるね」  照れくさくはないがこそばゆい。 「褒めるところがたくさんあるからだよ」 「きっと侑希ちゃんは女に生まれて正解だったね」 「なんで? わたしが男だったら口説き落とせてた?」 「男だったらちょっと引くかな……」 「そっか、なら女に生まれてきてよかった!」 「突然なにかと思えば、お祭りでしたわね」 「そう、祭り。でっかいのあるんだって!」 「存じておりますわ。まさかあなたの口から浴衣なんて出てくると思っていませんでしたから、びっくりしたんですの」 「で、浴衣持ってんの??」 「ありますわ。……なくても用意する手段はありますけれど」 「持ってるならそれでいいから貸して。着付けもやって。髪も」 「注文が多すぎますわよ」  呆れながら涼子が箱を五つ取り出す。 「紺か青か黒がいい」 「どうせ侑希に言われた色でしょう?」 「どうせその通りだよ。あるの? ないの?」 「ありますわ。……汚れが目立ってもアレですし、これなんてどうです?」 「子供じゃないんだからこぼさねぇわ」  涼子が開けた箱の中には、黒地に白いラインとピンク色の花が刺繍されている。 「そこらへんの女子高校生じゃ着こなせないでしょうけど、カイくらい整っていれば違和感はないと思いますわ」 「じゃあそれにする。シルヴィアは? どれにするの?」 「私ですの?」 「うん。一緒に行くでしょ?」 「……私はその日野暮用がありますの。だからお祭りデートは二人で行ってきてください」 「野暮用って何さ。生徒会の仕事があったって、夜は校内は入れないだろ」 「詳細はともかくとして、いいじゃありませんの。私がいなくたってお祭りくらい行けましょう? それとも保護者がいないとダメですの?」 「行けるよ! すぐそこじゃんか!」 「でも私がいないからって、騒ぎを起こすのはやめてくださいね? たくさんの人間が集まるところで問題を起こされますと、事後処理が大変ですの」 「だからやらねぇわ。少なくともシルヴィアより好戦的じゃない」 「……あなたがキレると周りを巻き込むということをよーく理解してくださいね」  地域のお祭りを舐めていた。それは海も後悔している。都心でも観光地でもない駅前にここまで人が溢れるとは思わなかった。食べ物の匂いに加え、人間の様々な臭いが入り交じり鼻が曲がりそうだ。 「うみちゃん、ごめんね。お待たせ」  人混みの中から現れた侑希が目立って見えたのは、黄緑色の布地が珍しかっただけではなく、薄く塗られた色付きリップとその色に合わせた両手のマニキュアの相乗効果でいつもより輝いて見えたから。髪も編み込みをしているのは変わらないが、 「髪形お揃いだね!」  海と同じく後頭部でまとめてお団子状にしてある。  もちろん侑希の生活を覗き見てわざと合わせたわけではない。涼子に髪を上げてほしいとお願いをしたところ、この髪形になっただけである。 「やっぱりうみちゃん似合う! わたしが着たら黒なんて絶対に負けちゃうけど、うみちゃんのはよく映えてるねぇ」 「侑希ちゃんも……その全体的にすごく似合ってる」 「本当? 嬉しいな、あはは」  珍しく侑希の顔が赤らむ。 「それじゃあ行こう。何か食べたいものとか見たいものある?」 「えーっと……あまり人が密集していないところが……」 「それなら駅前から離れた方行こっか。途中で美味しそうなものあったら食べよ」  いつも通り、自然と右手を握られる。 「うみちゃん、下駄だから気をつけてね? あまり大股で歩いちゃダメだからね」 「侑希ちゃんもね」  下駄は鼻緒のところが擦れると相当痛いと聞くが、海にとっては問題にならない。たとえ擦れてきたとしても治癒魔法で傷にならないうちに治る。しかし、人間である侑希はそうもいかないし、魔法をかけるわけにもいかない。だから海は友人のために絆創膏を箱ごと持ってきた。 「焼きそばとか美味しそう~。でもここら辺じゃ食べられないね」  通常は車と人が行き交う市道だ。座るところもなければ、人の多さで一か所に留まって食事をすることも難しい。 「ちょっと遠いけど、あのスクランブル交差点を左に折れて十分くらい……この格好だと十五分くらい歩けば大きな神社があるの。そこが露店の終点だからここまで人はいないしゆっくりできると思うよ」 「遠くない?」 「駅前の通り抜ければもう少し楽になるよ」  海の右手を握る手が少し強くなる。 「もう帰りたかったりする?」 「まったくもって帰りたくないとは言えないけど、侑希ちゃんともう少しお祭りを見てみたい」 「そっか! じゃあ出発進行!」  いつもより侑希が浮かれている理由を考えながら人混みの中を歩いていく。小学生の集団から家族連れ、会社の集まりで来ていそうな人等いろんな年代の人間が行き交う。中には顔に覚えがある個体も見かける。名前は覚えていないが、同級生かそれに準じる所属の者だろう。  侑希と同じ年くらい――所謂学生になると四、五人程のグループか男女二人の組み合わせが多く見受けられる。 「見回りの先生もいるみたいだよ」  女子高校生の集団が騒いでいる方向を侑希が指す。中心にいるのはTシャツにジーパンと学校ではお目にかかれない格好をした大坪教諭だ。 「あの先生、やけに人気あるね?」 「うちに若い男の先生っておおちゃん先生くらいしかいないもの」 「ほう……。侑希ちゃんはあんな風にわーわーしないの?」 「しないよー。別にタイプでもないし、みんなだって年上のお兄さんが身近にいないから格好良く見えちゃうだけだって」  侑希は悪気なく、結構えぐいことを言う。 「それにおおちゃん先生のこと本当に好きな人に頑張ってほしいし」 「?」 「うみちゃんはそうゆうの疎そうだよね」 「何を言いたいか分からないけど、バカにされてることだけは分かる」 「それが分かるなら大丈夫だねっ」  信号が点滅していないスクランブル交差点を左折し、高架下近くまで来ると一気に人が減った。露店もまばらになり、一番人を寄せているのは大手チェーンのコンビニだ。 「焼きそばとたこ焼き買ったでしょ。飲み物もあるから、あとは……」 「まだ食べんの?」 「半分こずつにしたら足りないよ。唐揚げとポテト買おう!」 「コンビニならいつも買えるじゃん」 「うみちゃん分かってないなー。こうゆうのはね、ロケーションが大事なんだよ!」 「あぁそう。まぁいいんだけど、そう走らないで」 「お腹空いちゃって、つい」  二人で両手に茶色い食べ物と飲み物を下げて、大きな神宮まできた。おそらく昔ここにいついた魔女が起こした事変を崇めて作られたのであろう。 「あそこあそこ。一応うみちゃんの分もハンカチ持ってきたけど使う?」 「私のこと何だと思ってるの……ハンカチくらい持ち歩いてるよ」  心外だと言わんばかりであるが、海がハンカチやティッシュ等の本来不要なものを持ち歩くようになったのは最近である。侑希からすれば、ハンカチ一つ持ち歩かないガサツな友人に見えても仕方ない。 「たこ焼きあーんしてあげよっか?」 「さっきまで焼かれてたやつじゃん。絶対熱いよ、嫌だよ」  可愛い笑顔でたこ焼きを割る侑希。案の定湯気が立つ。 「はい、あーん」 「嫌だって言ってるじゃん!?」 「猫舌なの?」 「そのレベルの話じゃないよ!?」  諦めた侑希は息を吹きかけて少し冷めたたこ焼きの欠片を自分の口に入れた。 「あっつい……」 「言わんこっちゃない」  因果応報と言ってやりたいが、ひとまず冷たいお茶を渡す。 「ありがとう……ごめんね」  たこ焼きはもう少し冷ますことにして、海は焼きそばから食べることにした。カップ焼きそば四つ分の価格であるが、味は大差ない。 「あれ? うみちゃん、あれあれ」 「どれ?」  先程上がってきた階段を覗くと見知った顔が二つ。 「涼子のやつ用事があるって言ってたのに」 「一緒にいるの藍ちゃん先生だよね? 生徒会も巡回とかあるのかな?」 「あったらめちゃくちゃブラックだよ。日本の闇だ」  一見、生徒と先生に見えるが両方とも何百年と生きている魔女だ。大坪が見回りをしていたとなると藍子の方は職務の一環だろうが、涼子の行動は解らない。  涼子の目が藍子よりも先に海を見つけた。悪びれた様子もなく手まで振ってくる。それに応えるのは侑希。 「涼子ちゃんも浴衣だね」 ――藍子と祭りに来る約束してたのか。 「先生は今日もジャージなんだねぇ」 「ブレねぇな、あの人も」  涼子と藍子は階段の上でいくつか会話を交わした後、海たちに再度手を振って小道に入って行ってしまった。 「あの二人ってどうゆう繋がりなんだろ? 接点ないよね?」 「生徒会してる内に先生たちと接点でもあったんじゃない?」  もっともらしいこと答えて、やっと冷めたたこ焼きを口にする。たこ焼きも海にとっては初めての料理だ。 ――タコが目立つ……なくてもいいな。 「海外のお祭りとは雰囲気違う?」  海が実際目にした祭りは、最近のものでも百年単位で昔の出来事だ。 「そうだな……日本は雑多な感じがする、かも」  全員が着物姿なら、縦横無尽に人が敷き詰められなければ、こんな世でも幻想的に映ったかもしれない。 「でも侑希ちゃんが嫌じゃないならこれからも色々遊びに行こうね」 「もちろん」  食事を済ませた後もしばらく歩き回り、侑希の指が鼻緒で擦れて痛みを発生させたが海にできる対策は侑希にもできていた。ドラッグストアで買ってきた絆創膏の箱は、結局未開封のまま持ち帰られることとなった。
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