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◆帰宅部も立派な部活動です
入学前にしっかりと学校のことについて調べていた侑希によると、東高は文武両道を掲げており、部活動への加入率が高い。
部も新入生を確保するために躍起となり、入学式以降毎朝ビラが配られている。そして本日は、体育館に一年生が集められ、一つ一つ部活動の紹介が行われる。
「運動部って元気だね」
男女分けた出席番号順では、侑希の次に海がくる。体育館でも隣同士だ。
「わたしは運動音痴だから、あんなに動けるの羨ましいな。うみちゃんは部活決めた?」
「ううん。あまり入りたいところなくって」
「そうなの? 中学は何部入ってたの?」
その答えは用意していなかった。海の背中に冷や汗が垂れてくる。
「中学も……なにも」
「帰宅部なんだ」
「そう、帰宅部」
――帰宅部ってのがあるなら、それでいいな。帰るだけだし。
「うみちゃん、部活やらないならわたしと一緒に委員会やろうよ」
「委員会? 部活動みたいなもの?」
「近いかな。時期にはよるけど、運動部よりは忙しくないよ。一人だとちょっと不安だったから、うみちゃんが一緒だと嬉しいな」
「侑希ちゃんでも不安になるの?」
「そりゃなるよ。同じ中学の子、クラスにいないし」
すでにクラス内では付き合いができかかっていて、ここで侑希との関係をないがしろにするのはよくない。暇つぶしと言えども、せっかくなら学校生活を経験するべきだ。
「侑希ちゃんは部活どうするの?」
「わたしは美術部にしようかなって思っているよ」
「中学生の時も美術部だったの?」
「ううん、吹部だよ」
海はひたすら「すいぶ」という言葉を反芻する。
――「すい」から始まるものと言ったら……。
吹奏楽部と水泳部に覚えがある。侑希が運動は苦手と言っていたことを考えると、答えは前者だろうと推測する。
「吹奏楽って言っても呼び名だけで、実質ただの音楽部だけどね」
「楽器やってたの?」
「うん。バイオリンを三年間だけ」
「続けないの?」
「この学校の吹部ってすごくレベル高いから。それに絵描くことも好きなの。顧問の先生も優しそうだからちょうどいいかなって」
顧問は担任の瀬川藍子だ。
「なーに、美術部入部希望なのかしら?」
突然左側の何もない空間から声が降ってきた。
茶色い柔らかい髪が海の頬を触る。入学式の時はしっかりスーツを身に着けていた女性は、翌日以降はジャージにエプロンという機能性を重視した恰好になっていた。
「わたし美術部志望です」
「えっと、あなたは宮本さんね。ぜひ待っているわ。若宮さんは?」
「私は部活はいいかな」
――近い。
「そう。残念。あとあなたたち、おしゃべりはいいけどもう少し先輩たちを見てあげなさいね」
どうやらお叱りだったようだ。侑希が形だけ「気をつけます~」と返す。
「若宮さん」
「私?」
何か目をつけられるようなことをしただろうか。海なりに侑希や周りを見て、行動を合わせているつもりだ。
「そう、お人形さんみたいなあなた。確か帰国子女だったのよね」
確かそんな設定だったような気がしなくもない。帰国子女でハーフ、日本の文化に疎いという設定にすると先月言われた。
「随分と文化が違うでしょ? 私のことも頼ってね。藍ちゃん先生って呼んでちょうだい」
「ありがとうございます。瀬川先生」
「警戒心の強い子ね」
藍子はエプロンの縁を軽く叩いてから立ち上がり、体育館の壁まで戻って行った。
「藍ちゃん先生って呼ばれてたのかな? 綺麗な先生だよね」
「うん。男子生徒に人気出そう」
「うみちゃん、あまりそうゆうこと言うとセクハラって言われるよ」
「厳しい世の中だなぁ」
「……それにしても、瀬川藍子って名前すごく聞き覚えあるんだよね」
ひたすら寸劇をしている卓球部の先輩を無視して、侑希は髪を指先でいじりながら考え始める。海のデータベースには、同姓同名の人間はいない。
「思い出せない……」
「縁があるならどこかで思い出せるんじゃない? あのさ、今さらなんだけど委員会ってどこに入るつもりなの?」
「言ってなかったっけ? 文化祭実行委員会だよー」
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