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1年生編5月
◆女子高校生の遊び方
「シルヴィア」
「どうかしたのかしら。そんな世界の終焉を見た時のような顔をして」
「明日侑希ちゃんに誘われていて遊びに行くんだけど」
「言ってましたわね、すごーく嬉しそうに」
「服がないんだよ」
「服ならちゃんと着ているじゃありませんの」
「これ、パジャマだけど!?」
「それなら制服で行ったらどうです?」
「だって、ほら! これ、見て!」
本屋に並べられていた雑誌を片っ端から購入し、訴えるように床に並べてある。
「たくさん買いましたわね」
「今時の子、オシャレ!」
「五百年も引きこもるから……」
「侑希ちゃんが服を選んでくれるとは言ってるんだけどさ、買いに行く服がない! なんなの、このデッドロック状態」
「別にジーパンにシャツで大丈夫ですわ」
「女子高校生らしくないとか思われない?」
「それを気にするなら、コンビニに行くたびにローブを羽織るのをやめた方がいいと思いますわ」
魔女界で過ごしている時からお気に入りのローブがあり、制服着用時以外は今でも愛用している。魔力を込めた糸で編んであるので、外気温に左右されず快適であり、また銃弾くらいは防ぐことができる優れものだ。
「ローブって……ダメ?」
「少なくとも今時ではないと思いますが。……上着は私のをお貸ししますから、明日侑希に選んでもらいなさいな」
「ありがとう、シルヴィア! これでこの前の料理はチャラね!」
「何をおっしゃってますの?」
涼子に料理の才能が皆無であったが、恐ろしいことに彼女には自覚がない。
実のところ、海が電車に乗るのは生まれて初めてのことである。涼子に駅まで着いてきてもらい、交通ICカードの使い方を教えてもらった。
侑希と待ち合わせをしているのは一駅先。海が住んでいる駅の周辺は住宅街であるが、一駅進むだけで商業施設の塊がある。そういったところでは多くの人が行きかうため、正直、鼻の利く海にとっては苦痛である。
――くさ。
別に体臭の話ではない。魔女からすると人間の生々しい悪意の臭いが鼻につく。
「待ち合わせは……改札を出たところでって言ってたよね……」
改札は一か所しかなかった、はず。
「うみちゃん、おはよう」
海がきょろきょろと初めて降り立つ駅の改札の中を見回していると、向こうから私服姿の侑希が手を振っている。白地花柄のワンピース。女の子らしい。
「侑希ちゃん、おは、」
ピンポーン。
ICカードをタッチし忘れて、改札内に閉じ込められる。
「時間はあるから慌てないで出ておいでよ」
別に侑希が可愛くて早く出ようと思ったわけではない。ICカードという存在に慣れていないだけだ。
「涼子ちゃんから聞いたよ。まだこっちのことよく知らないんでしょ? 買い物がてら案内してあげるね」
――あのお節介……。
「侑希ちゃんってどこで涼子と仲良くなったの」
「うーんと。部活見学した帰りに会って、うみちゃんの話で盛り上がった時からかな」
「なにそれ、知らない」
「うみちゃんが帰った後の話だもの」
「涼子って放課後何してるの?」
「その時は藍ちゃん先生に用があったみたいだったよ? うみちゃんこそルームシェアしているなら聞いてないの?」
「あいつ何を聞いても大体はぐらかすんだよ」
「うみちゃんってからかいやすいもんね」
「え、どうゆうこと」
「あそこのタピオカ美味しいよ。今食べるとお腹いっぱいになっちゃうから、今度帰りにでも行こうね」
「普通に流したけどからかいやすいって何?」
「先に服見ようよ」
わざとらしく、しかしいつも通り可愛らしい笑顔が海を引っ張る。
「ここね、スクリーン二つしかないけど映画館もあるんだよ」
最初に訪れたのは駅直結のショッピングモール。直結と言っても屋根はないので雨の日は濡れる。
「渋谷とか原宿行くと交通費結構かかっちゃうから、わたしは大体ここに来るの」
――渋谷でも原宿でも連れて行ってあげるから好きなもの買ってくれ。いや、買ってあげるわ。
「うみちゃんはどんな服が好きなの?」
つむじから足の爪先まで侑希の視線が下がる。
「あまりゴテゴテしてないやつかな」
「シンプルがいいってこと?」
「うん。動きやすいのがいいな」
「ジャージがいいとか言わないでね」
「い、言わないよ……」
まるで海の心の中を見透かしているのではないかと思うくらい侑希の言動は的確で、いくつかピックアップした服も文句の言いようのないセンスだった。
「侑希ちゃんって……本当に人間?」
「どうゆうこと???」
「いや、あまりにも完璧って言うか……」
「服の話? だってうみちゃん分かりやすいんだもの。それで気に入ったならどれ買うの?」
「とりあえず全部」
「全部!?」
「私あまり服持ってないから。せっかくなら選んでもらったやつ買おうかなって」
「もしかしてうみちゃんってお金持ち?」
――しまった。
魔法で通貨を増やしているわけではないが、人間界の生活では裕福に暮らしても困らない程度に資産はある。伊達に長く生きているわけではない。もちろん、魔法で悪さをして金銭を複製する魔女もいれば、金を創造する魔女もいる。しかし、秩序をあまりにも乱す魔女は魔女界から敵とみなされ処分される。人間界へ過度の干渉をしなければ、そういった恐れとも無縁である。女子高校生に扮して青春を謳歌するくらいどうってことはない。
「親が海外で働いてるせいか……ほら、甘やかしてきて」
「そっか。だから涼子ちゃんと一緒に暮らしているんだもんね。それでも無駄遣いはダメだよ。もう少し絞りましょ」
海と涼子の両親は、海外で働いており娘たちは日本の学校に通うため協力して暮らしている。という設定がいつの間にか出来上がっていた。
「それなら……上着と……、このニットも柔らかかったから。あとは……」
どんなものなら多めに持っていても役に立つか侑希からアドバイスを受けつつ、買うものを選んでいく。
「本当はお姫様みたいなドレスとか、ゴスロリとか似合うと思うんだ」
「嫌だよ……」
「むぅ。せっかくの見た目なのに」
「人形じゃないんだから」
最近、侑希と一緒にいて気づいたことがある。おそらく侑希は見た目のいい海をお気に入りの人形のように思っている節がある。魔女である海からしても、人間という生物は意志を持った人形に近い認識を持っている。
「侑希ちゃんは買わなくていいの?」
「わたしはいいかな。夏の新作が少し安くなってから買うつもりだから」
「倹約家だね」
「うみちゃんが浪費家過ぎるんだよ!」
ファミレスで初めてご飯を食べ、初めてゲームセンターに行ってプリクラを撮った。これからも写真を撮る機会は幾度も訪れるだろうが、三年後には全て海という存在はなかったことになる。写真からいなくなるか、他の誰かに書き換えられてしまう。それが分かっていると乗り気にはなれない。
「うみちゃんっていつも眠たそうな目してるよね」
撮影したばかりの画と本人を見比べながら言う。気づいた時からこんな顔をしているので、どうしようもない。起きている間眠いというのは嘘ではないが。
「せめてもっとこう……口角上げて」
冷たい指先で頬をつままれ、無理矢理上に引かれる。
「すごーい、うみちゃんのほっぺた柔らかいね。すっごい伸びる」
「ひたひ……はなひて……」
すっと指が引いていく。それはそれで少しもったいない気持ちになる。
「わたしのも引っ張ってみる?」
「え、いいの?」
「ふふ。なに、引っ張りたかったの?」
笑われたのは悔しいが、せっかくなので侑希の頬も引っ張らせてもらう。
おそらく人間にきちんと触れたのも五百年ぶりかもしれない。
「普通だ」
「普通だよ?」
魔力も感じない。涼子の言う通り彼女は人間のようだ。
「でも肌すべすべしてる」
「つまんでいいって言ったけど、撫でていいとは言ってないよ!」
思い切り手を叩かれた。
「ご、ごめん……」
「いや、怒ってないよ。わたしこそごめんね。まさか撫でてくるなんて思ってなくてびっくりしちゃった」
人との距離感は難しい。
「お口直しに甘いもの食べに行こ? うみちゃん、クレープ好き?」
「食べたことない」
「嘘!? 生クリーム平気?」
「平気だよ」
「じゃあ行こう! 今日、ポイント二倍デーなんだ」
またもや侑希の手が海を握る。
――手を繋ぐのも頬をつまむのも大丈夫なのに、撫でるのはダメなのか……。
「侑希ちゃんってよく私の手を引くよね?」
「うん。心配だから!」
「私そんな迷子にならないって……」
「ナンパにあうかもしれないよ?」
――それなら二人でいても防衛機能は変わらなくない?
侑希が一人でいて変な男に絡まれるくらいなら、この方がましかもしれないと海は勝手に納得した。
以前に人間界にいた頃は、男尊女卑がまかり通っていた世の中だったので、ナンパという概念はなかった。少なくとも海が見ている範囲――戦場では、兵である男たちが敵国の女性を物として扱っていた。
――それに比べたら、今の日本は男装しなくてもいいし、平和なもんだ。
「どうしたの? ぼーっとして。鼻に生クリームついてるよ」
「嘘!?」
「嘘だよ。あはは」
それでも心配になって鼻をこすってみた。指には何もつかなかった。
「一口ちょうだい」
海の返事を待たずに、侑希が海のバターシュガーを小さな口でかじりついた。
「シンプルなのも美味しいね」
「めっちゃ食べたね……」
「わたしのもあげるから。はい」
イチゴがたくさん乗っていて、食べづらい。
「ぁ、ありがとう」
仕方なく、海はイチゴ一つとそれについた生クリームだけをもらう。
「それだけでいいの?」
顔を完全に上げる前に、イチゴクレープの持ち主である侑希が顔を覗かせてくる。
「…………」
「何で黙るの?」
すっと顔の温度が上がった気がして、慌てて立ち上がる。
「何で立つの??」
「………………イチゴが美味しくて?」
「そんなにイチゴ好きなら、イチゴが入っているやつ頼めばよかったのに。もっと食べる?」
「ううん、いや、大丈夫! これで!」
「顔、赤いよ? ふふ」
「その笑顔わざとだな……」
「さっき言ってたらからかいやすいはこうゆうところだよ」
そしてからかわれても憎めないのは、邪気を纏わない笑顔のせいだろう。
「楽しいね」
「私をからかうのが?」
「違わなくはないけど」
「ないんかい」
「初めてうみちゃんと遊びに来れたし、お話もたくさんできたでしょ? 楽しいなって」
「……うん、私も侑希ちゃんといられて楽しい」
「よかった〜!」
彼女が魔女であったらよかったのに。
少しでもそんなことを考えてしまうことが、辛かった。
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