明日世界が滅ぶなら、プリン食べたい

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俺が死んでから二か月目に突入した。空閑がいつも通りをとり戻しつつあった。 夜に女の人と遊んだり、飲み会に行くことはなかったが、授業に出てバイトにも向かった。 休日には部屋を掃除して、洗濯機を回し、ちゃんとした飯を食う。 なんだ、俺がいなくたって生きていけるじゃねえか。 掃除をしていた空閑がどこから出してきたのか、アルバムを開いて眺めだした。 「うわー、懐かしいな。これ…」 高校生の頃の、俺達。ずっと二人一緒だった。 無口だけど、クラスの人気者。イケメンで運動神経の良い 空閑。 平凡だけど、お調子者の、俺。 異色のコンビだけど、三年間奇跡的に同じクラスだった俺達は、ずっと一緒にいた。 周囲は俺達が仲が良いことに首を傾げていたけれど、俺はそうは思わない。だって、あんなに楽しかったから。 ふざけて空閑に横抱きされている俺。体育祭の二人三脚で一緒に走る俺達。 文化祭で、女装した俺と空閑がチューしている写真もある。 卒業アルバムの中身を確認していなかったばかりに、こんな内容になっていると思わなかった。くっそ、アルバム係誰だよ…これ黒歴史じゃねえか…。 それでも、ちょっと泣きそうになりながらも少しだけ嬉しそうにアルバムを眺める空閑の手に俺の手を重ねる。 楽しかったな、あの時。覚えてるか?空閑。 卒業式の日に主役の俺達が式をサボって教室で初めてセックスしたこと。 でも、俺達は付き合っていなかった。恋人なんて、なんかこしょばいな。 今も、俺達の関係に名前をつけるとするならば、「友達」なのだろう。しかし、「友達」というには俺達は近い気がする。でも、恋人というには遠いのだ。 次の休日には、空閑は一人で出かけた。俺が隣にいるから正確には一人じゃないけど。 とうとう女とデートか?と内心腹を立てていたら、俺の心配をよそに空閑は一人で水族館に来た。都内の結構有名な水族館。チケット売り場まで迷うことなく足を運ぶ空閑の上空をプカプカと浮いたままついていく。 「ここって…」 俺の明晰な頭脳は覚えている。 「大人一名分」 空閑が受付でチケットを買っているのを横目に、俺は昔のことを思い出す。 あの時は、「高校生二枚お願いします!」って俺が張り切って言ったのを、「恥ずかしいから騒ぐな。子供の方が大人しいぞ」と呆れられたのだった。 昔との比較に、心臓の辺りが酷く痛い。俺の心臓はもう動いていないはずなのに、自分が生きているような錯覚に陥って、自分自身に嘲笑を送る。 「3900円です」 チケットを受け取り、颯爽と中に入っていく空閑を見た受付のお姉さんが、顔を赤らめている。 残念だったな、空閑はこれから俺とデートなんだよ。 今じゃせいぜい「あっかんべー」と受付のお姉さんに向けて、彼の後を追いかけることしかできないが、あの時は見せつけるように、後ろから駆け寄って手を繋ぐことができた。 一人でゆっくりと水族館の中を回る空閑。ここは、俺達が高校の時に二人で同じ大学に合格が決まってお祝いに二人でデートした場所だった。 男二人でデートなんて、とお互い笑っていたが俺は満更でも無かったことを思い出す。 マンボウの水槽で立ち止まった空閑が、俺の顔をみて一言。 「お前、マンボウみたいだな」 その場で肩パンしたのは言うまでもないだろう。痛そうに、それでも爆笑している空閑を見て俺は顔を真っ赤にしながらも釣られて笑った。 あの時のようにマンボウの水槽の前で立ち止まった空閑は、誰かに失礼な一言を言うことも無く、じっとマンボウを見つめている。 その横顔は何故か様になっていて、イケメンは得だな、なんて皮肉を一歩的に繋いだ手に込める。当たり前だが、空閑が俺の手に気付くことはない。 「…そのマンボウは俺じゃないよ」 あの時のように、空閑の隣にいるのにこの声は伝わらない。 そんなことはわかっているが、それでも言わずにはいられなかった。別に悪口を言われた訳でもないのに、自分の機嫌が急降下していくのがわかる。 離れることができるギリギリのところ、約5m。軽い身体を動かして、空閑から距離を取る。「空閑のばーか!」大きい声をだしても、空閑はこちらを見ない。 くそ、こっち見ろよ。馬鹿。お前の愛しの槙野はここにいるぞ! 「似てねえな」 離れていてちゃんと聞こえなかったが、きっとそう言ったのだろう。その一言が俺の空耳ではないことを祈るしかない。
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