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長い階段を昇りきり鳥居をくぐるとそこは、少し廃れた稲荷神社だった。
ここら一帯の栄えた氏神様ではなく、山の少し入ったところにある小さな神社。
「まきのっ、…まきの!」
急に呼ばれ、まさか俺のことが見えるのかと期待したが、多分見えていない。俺がいるところとはまた違う方を見ている。
「まきの…約束したじゃんか…」
雨のせいで、空閑が泣いているのかわからない。地面に膝をついて、空を見上げている。
俺達は、二人ずっと一緒だった。これからも、この先もずっと一緒にいると信じてやまなかった。だから俺達は、約束したのだ。
お互いが、お互いの『帰る場所』になるために。
「くが…」
約束一つ守れない自分が、不甲斐ない。空閑の震える肩を抱きしめることもできない。自然と視線が下を向いた。
「…ま、まきの…?」
「ごめんな、くが」
申し訳なさでいっぱいになり、空閑の方を見つめると空閑がこちらを見ている。
目線が合っている気がする。いや、気のせいか…?だって、俺は死んで…
「槙野ッ…!」
抱きしめられている。
…何がどうなっているんだ。どうして、今空閑に抱きしめられているのかわからないけど、空閑のぬくもりに包まれて、そんなことはどうでもよくなってしまった。
「空閑…ごめんな」
「謝んな…!俺が、ッ俺が悪いんだ。お前が死んで、生きた心地がしなかった…」
空閑のこんなに必死な顔を初めて見たかもしれない。長いまつげが揺れ、頬に雨が伝っている。
「フッ、お前には反省してもらわなきゃいけないことはたくさんあるな!
俺が嫌だって言ってもセックスするし、靴は揃えろって何回言っても揃えないし、家事は手伝ってくれないし。本当に酷いぜ?お前」
「ごめ…」
あるはずないが、耳と尻尾が垂れているように見えて、かわいいな、なんて思ってしまう。
雨に濡れた背中に手を回し、強く強く抱きしめ返す。ここが俺の『帰ってくる場所』だ。
ザアアアアア
ザアアアアア
風で揺れる木々が雨に打たれ、呼応し合い泣いている。
「槙野、俺さ…お前のことが好きなんだ」
俺を抱きしめる力が強くなる。いつもは無口で誰からも好かれる空閑。俺の前では途端に俺様と化すそれは、俺に甘えているのだとわかっていた。
唯一、この完璧な空閑が甘えることができる俺。だからこそ、俺はこいつの側にいたし、俺もこいつに甘えていたのかもしれない。
「お前、俺のプリン食いやがったくせに」
「それも、ごめん。また買ってくるから」
「じゃあ、ーーーー」
無音。
雨が止んで、その小さな神社に光が射した。
木々は泣き止み、代わりに葉の上の雫が太陽の光に反射して眩しいほどに笑っている。
まるでテレビをリモコンで消した時のように、さっきまであったものがもう無い。
「消えるなら、ちゃんと『好き』って言ってから消えやがれ…」
*
槙野家の墓の前には、竜胆の花束が置かれていた。
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