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490. 空を見上げて
それから、5日が過ぎた。
飯田とはもっぱらメールで話した。
後で聞いたら、左手でのメールはかなり面倒だったが、つまずかないでスラスラ打てるようになったのは静香のお陰だと言ってくれた。
(あの頃は病院内で携帯で話すことは禁止だった。)
白石はラウンジの方が7月から1時間遅く店を閉めるから、食堂が休業で、ちょうど良かったと言っていた。
明日は旦那が帰ってくる日だ。
母親がこっちで夕飯を一緒に食べるようにと勧めてくれた。
とりあえず、旦那には夕飯は母親と一緒に食べることを伝えた。
泊まるのはどちらでもいいとも伝えた。
そして、次の日。
憲一は今か今かと、お父さんを待っていた。
実家は庭も広かったから、車は5台位は置けるスペースがあった。
「あ!お父さんの車の音が聞こえる!」
憲一は玄関を出て、お父さんを迎え入れた。
憲一は何やら、お父さんと夕飯を作りたかったようだ。
「お邪魔します。お義母さんは元気になったの?」
旦那が玄関を開けて、憲一と入ってきた。
「あら。よっちゃん。ここを自宅だと思って遠慮しないで上がってね。」
「あ。お義母さん。顔色も良くなって、元気そうですね♪」
「お陰様で。憲一と静香のお陰よ♪」
「みよばあはね。少しずつ食べないといけないんだって。
だから、1日5回食べてるんだよ。
お父さん♪僕ね。みよばあにイワシのつみれ汁を食べさせてあげたいの。
お父さんと一緒に買い物に行きたいんだ♪」
「そっか。そうだな。それじゃ、憲一と一緒に買い物に行こうか。
それと、ディーラーに1年点検にも行かなくちゃ行けないしな。
なんか、キャンペーンやってるみたいだから、憲一、行くよ!」
2人は買い物に出掛けて行った。
「お母さん。私は家に帰って、掃除してくるね。
よっちゃんのお布団も干してこないとね。」
「え?よっちゃんのお布団?
ここに泊まって行かないの?」
「え?ここに?」
「静香の部屋にお布団ひけばいいでしょ?
よっちゃんがここに泊まって行くのが嫌なの?」
「え?わからない。
よっちゃんは、帰って来るといつも憲一と寝てるから。」
「静香?夫婦なんだから、別々の家で寝るのはおかしいわ。
それじゃ、別居しているみたいじゃない?」
「え?単身赴任だもの。
別居みたいなもんじゃないの?
でも、お母さんが言うなら…。
よっちゃんに聞いてみるよ。」
静香は流産したことも母親にも旦那にも話していなかった。
とにかく、それ以来、静香はセックスが怖くなっていたのだ。
できれば、旦那とは夜のお務めはしたくなかった静香だった。
静香は旦那にメールをした。
『わかった。そっちで泊まるよ。
作業服は社宅で洗って部屋干ししてきたから、下着をお願いするよ。』
そんなメールが帰って来た。
静香はとりあえず、家に下着を取りに行った。
雨戸を開けて、空気を入れ替えた。
1週間経たない我が家が、なんとなく懐かしくあり、不便さも感じてきた静香だった。
我が家はキッチンとリビングと夫婦の寝室と憲一の部屋とお風呂にトイレの間取りだ。
お客様が来た時は、応接室が無いから、リビングのソファーに座ってもらうことになる。
まあ、改まった客は来ないからいいけど…
広い家に住んでしまうと、とても狭く感じる家になっていた。
だから、家を建てようと旦那と計画をしていた。
でも…いつかここは出ていくなら、新しい家は要らないと思い始めていた。
それに、母親の病気も気になる。
5年の生存率が30%前後だ。
もし、母親がいつか他界したらこの家は…
考えたくもないが…
遅かれ早かれ、いつかは空き家になってしまう…
築歴15年で、庭も広くて、空き家なんて勿体ないよね。
やっぱり、実家を無くしたくない気持ちは長女だけに強かった。
だけど…実家に住み着いたら、尚ちゃんの元に出ていく事ができなくなるような気がする…
我が家だったら、何にも考えず出て行けるけど…
尚ちゃんのお店は再開出来るよね?
考えてみたら、今年はろくな年じゃなかった…
本当に色々ありすぎる年だ!
旦那は浮気女に騙されて保証人にされて…
私は交通事故で入院して…
お店を開け渡して…
母親は癌で入院して…
私は流産して…
尚ちゃんは怪我して入院中で…
厄年って怖いと思った静香だった。
命は取られなかったけど、それに近いことばかり起きている…
気を引き締めて行かないといけない1年なんだ!
静香は独り、空を見上げて
「お父さん。私達家族を守ってほしいよ!」
そう祈らずにいられなかった。
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