278人が本棚に入れています
本棚に追加
/675ページ
492. 母親の想い
母親は途切れ途切れだが2人の会話を聞いてしまっていた。
お風呂に入っていたのは憲一1人で、後から入ろうと思っていたのだった。
母親は脱衣所の洗面台の鏡の前で白髪染めをしていたのだ。
『流産?…同居?…』
母親は静香の流産を自分のせいだと思い込んだ。
でも、同居すると言う静香の旦那の気持ちは嬉しかった。
憲一は先にお風呂から出てきた。
「みよばあの手術の跡、凄いね。
痛かったよね。
頑張ったよね?みよばあ…」
「傷跡は時間がかかるけど、薄くはなる。
あまりじろじろ見るなよ?」
旦那が憲一の髪の毛をタオルで乾かしながら、言った。
「うん。僕は小さな子供じゃないんだから、そんな事言われなくてもわかるよ。」
「なあ?憲一?
これからずっとみよばあの家に、みんなで住まないか?
まあ、お父さんは1ヶ月に一度しか、帰って来られないけど。」
「え?それじゃ、僕の家は?
空っぽになっちゃうの?」
「う…ん。誰かに貸してあげてもいいかなあと思うんだ。
憲一もさ。ここの方が学校も近いし、憲一の部屋だってこっちの方が広いだろ?」
「うん!もう最高だよ!
でも…美咲お姉ちゃんが帰ってくるんじゃないの?」
「え?美咲?大丈夫よ。
ツアコンの仕事してるんだもの。
たまに帰ってくるかも知れないけど、居たって1週間位でしょ?
泊まりに来たら、客間に通すわ♪
憲一が心配しなくても大丈夫よ♪
もう、美咲とはちゃんと話したから!」
「そうなんだ。それなら、僕はこっちの方が断然いいよ。
みよばあといつも一緒にいられるなら、ここに遊びに来て、帰りの心配しなくてもいいもんね♪
みよばあの方がお母さんより優しいし、料理を色々教えてくれるから嬉しい♪」
「ええ?お母さんは優しくないの~?」
「あははは。仕方ないよ。
おばあちゃんから見たら、孫は目の中にいれても痛くないって昔から言うだろ?
優しさを比べられたら、おばあちゃんを越えられないよ。」
その日、母親に同居することを旦那は伝えた。
1つ返事で了承した母親だった。
やはり、これから病気を抱えての1人の生活は大変だと悟ったのかと思った。
「俺、お袋に明日話してくるよ。
表札も『関根と岡野』と頼んで作ってもらおう。
今の家も、年が変わったら不動産屋に行こう。
売るより、貸す方がいいだろ?
その間に少しずつ引っ越ししようと思う。
俺も係長に昇進するし、静香もお義母さんの介護に専念できるし、色々あって大変な年だったけど家族皆で協力しあえば、きっといい方向に乗り越えていけるよ♪」
「よっちゃん…」
旦那は私なんかより、ずっと家族の事を考えてくれている。
その夜は、旦那は私の体を気遣い、憲一と一緒に寝た。
次の日、旦那は朝早く草刈りの為に実家に行った。
朝食前、母親が起きてきて
「よっちゃん、朝早かったわね。
草刈りに実家に行って…
本当に働き者ね。
静香、旦那は働き者で気遣いの出来る人が一番よ♪
静香はもっとよっちゃんを気遣かって、優しい妻になって欲しいわ。」
「え?それって…私は優しくないイメージなの?」
「憲一も言ってたわよ?
お父さんはお母さんに優しくしているのに、お母さんはちっとも優しくないって!
私も見る限り、よっちゃんに対して気遣いなんてしていないように見えるけど?
まあ、元々同級生だから、言いたいこと言ってるのも仕方ない事だと思うけど…
静香の口から、よっちゃんの話はまず出て来ないものね。
なんか、自宅に帰ってくるのが嬉しくないように見受けられるから…
亡くなってから…旦那の存在の大きさに気が付いても遅いのよ?」
「………」
お母さんと一緒に居ると、こうやって私に小言ばかり言うのよね!
それが嫌だから、同居は好まなかったのよね…
でも…お母さんの体を思うと…
同居が一番なんだろうけど…
「はいはい。わかりました。
できるだけ優しい妻を演じるわよ。」
「静香。お母さんね。お父さんが急に亡くなって…
悲しい思いをしたのよ。
もっと優しく接してあげれば良かったって…
沢山旅行に行けば良かったって…
それに比べて、よっちゃんは子煩悩で、家族思いで、色んな所に連れて行ってくれるから、こんな旦那さんと結婚出来た静香は幸せだわねって、心底思っているのよ?
今は静香はわからないだろうけど…
感謝だけは忘れてほしくないわ。
お母さんと一緒にいると小言ばかりで、嫌だろうけど…
お母さんは長生き出来ないから、静香には言っておきたい事は全部言おうと想っているのよ。」
「お母さん…駄目だよ!
悪い所はちゃんと切ったんだから!
遺言みたいな事は言わないで!」
「…でもね。遅かれ早かれ、親はいつかは居なくなるのよ?
静香には、後悔して欲しくないから…先輩として言っているのよ。」
やっぱり…見抜かれているのかな?
そんな事を思いながら、母親の言うことを黙って聞いていた。
最初のコメントを投稿しよう!