492. 母親の想い

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492. 母親の想い

母親は途切れ途切れだが2人の会話を聞いてしまっていた。 お風呂に入っていたのは憲一1人で、後から入ろうと思っていたのだった。 母親は脱衣所の洗面台の鏡の前で白髪染めをしていたのだ。 『流産?…同居?…』 母親は静香の流産を自分のせいだと思い込んだ。 でも、同居すると言う静香の旦那の気持ちは嬉しかった。 憲一は先にお風呂から出てきた。 「みよばあの手術の跡、凄いね。 痛かったよね。 頑張ったよね?みよばあ…」 「傷跡は時間がかかるけど、薄くはなる。 あまりじろじろ見るなよ?」 旦那が憲一の髪の毛をタオルで乾かしながら、言った。 「うん。僕は小さな子供じゃないんだから、そんな事言われなくてもわかるよ。」 「なあ?憲一? これからずっとみよばあの家に、みんなで住まないか? まあ、お父さんは1ヶ月に一度しか、帰って来られないけど。」 「え?それじゃ、僕の家は? 空っぽになっちゃうの?」 「う…ん。誰かに貸してあげてもいいかなあと思うんだ。 憲一もさ。ここの方が学校も近いし、憲一の部屋だってこっちの方が広いだろ?」 「うん!もう最高だよ! でも…美咲お姉ちゃんが帰ってくるんじゃないの?」 「え?美咲?大丈夫よ。 ツアコンの仕事してるんだもの。 たまに帰ってくるかも知れないけど、居たって1週間位でしょ? 泊まりに来たら、客間に通すわ♪ 憲一が心配しなくても大丈夫よ♪ もう、美咲とはちゃんと話したから!」 「そうなんだ。それなら、僕はこっちの方が断然いいよ。 みよばあといつも一緒にいられるなら、ここに遊びに来て、帰りの心配しなくてもいいもんね♪ みよばあの方がお母さんより優しいし、料理を色々教えてくれるから嬉しい♪」 「ええ?お母さんは優しくないの~?」 「あははは。仕方ないよ。 おばあちゃんから見たら、孫は目の中にいれても痛くないって昔から言うだろ? 優しさを比べられたら、おばあちゃんを越えられないよ。」 その日、母親に同居することを旦那は伝えた。 1つ返事で了承した母親だった。 やはり、これから病気を抱えての1人の生活は大変だと悟ったのかと思った。 「俺、お袋に明日話してくるよ。 表札も『関根と岡野』と頼んで作ってもらおう。 今の家も、年が変わったら不動産屋に行こう。 売るより、貸す方がいいだろ? その間に少しずつ引っ越ししようと思う。 俺も係長に昇進するし、静香もお義母さんの介護に専念できるし、色々あって大変な年だったけど家族皆で協力しあえば、きっといい方向に乗り越えていけるよ♪」 「よっちゃん…」 旦那は私なんかより、ずっと家族の事を考えてくれている。 その夜は、旦那は私の体を気遣い、憲一と一緒に寝た。 次の日、旦那は朝早く草刈りの為に実家に行った。 朝食前、母親が起きてきて 「よっちゃん、朝早かったわね。 草刈りに実家に行って… 本当に働き者ね。 静香、旦那は働き者で気遣いの出来る人が一番よ♪ 静香はもっとよっちゃんを気遣かって、優しい妻になって欲しいわ。」 「え?それって…私は優しくないイメージなの?」 「憲一も言ってたわよ? お父さんはお母さんに優しくしているのに、お母さんはちっとも優しくないって! 私も見る限り、よっちゃんに対して気遣いなんてしていないように見えるけど? まあ、元々同級生だから、言いたいこと言ってるのも仕方ない事だと思うけど… 静香の口から、よっちゃんの話はまず出て来ないものね。 なんか、自宅に帰ってくるのが嬉しくないように見受けられるから… 亡くなってから…旦那の存在の大きさに気が付いても遅いのよ?」 「………」 お母さんと一緒に居ると、こうやって私に小言ばかり言うのよね! それが嫌だから、同居は好まなかったのよね… でも…お母さんの体を思うと… 同居が一番なんだろうけど… 「はいはい。わかりました。 できるだけ優しい妻を演じるわよ。」 「静香。お母さんね。お父さんが急に亡くなって… 悲しい思いをしたのよ。 もっと優しく接してあげれば良かったって… 沢山旅行に行けば良かったって… それに比べて、よっちゃんは子煩悩で、家族思いで、色んな所に連れて行ってくれるから、こんな旦那さんと結婚出来た静香は幸せだわねって、心底思っているのよ? 今は静香はわからないだろうけど… 感謝だけは忘れてほしくないわ。 お母さんと一緒にいると小言ばかりで、嫌だろうけど… お母さんは長生き出来ないから、静香には言っておきたい事は全部言おうと想っているのよ。」 「お母さん…駄目だよ! 悪い所はちゃんと切ったんだから! 遺言みたいな事は言わないで!」 「…でもね。遅かれ早かれ、親はいつかは居なくなるのよ? 静香には、後悔して欲しくないから…先輩として言っているのよ。」 やっぱり…見抜かれているのかな? そんな事を思いながら、母親の言うことを黙って聞いていた。
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