496. 母親の昔話

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496. 母親の昔話

「静香にも話したこと無かったわね。 お母さんね。東京に寿司屋で働いていたけど、いつまでたっても皿洗いと注文取りしかやらせてもらえなかったの。 寿司職人はね。 "飯炊き3年握り8年”という言葉がある通り、修行は10年以上… とても厳しい修行を積まなければならなかったから…ましてや女なんて…それも丁稚奉公なんていつまでも下っぱだったの。 お寿司は触らせてもくれなかったけど、出前だけはやらせてくれたわ。 そのうち、結婚適齢期も過ぎてしまって…昔は25歳までに結婚しないと行かず後家って言われたのよ。 あの頃は30歳近かったかしら… だから、もう一生女1人で生活するわ!なんて意気込んで、居酒屋をしようと思ったのよ。 あの頃は東京オリンピックも開催されたから、どんどん東京は良くなったわ♪ ドブ臭くて汚かった荒川もみるみる綺麗になって、都市ガスも整備されて、全てのインフラが整備されたわ。 日本は高度成長期時代だったわね。 景気も急激に良くなってきたの。 そんな中、出前に行った会社の社員さんが 「いつもすみません!お客様との打ち合わせで。今度お店に食べに行きますね。」 そういって、声をかけてくれてたのが、静香のお父さんなのよ。 「え?お父さん?東京でサラリーマンしていたの?」 「そうよ。ネクタイしめて、背広着てね♪ 背広がよれよれだったのを覚えているわ。 ボタンも取れかかっていて(笑) なんか、4つ年上なんだけど放っておけない人だったのよ。 そして、本当にお店に顔を出してくれて…いつの間にか、お付き合いしていたわ(笑) 彼にも夢があって、結婚したら故郷に帰って雑貨店を始めたいって… 私は彼が…夢のある人だったから、1つ返事で一緒に茨城に帰って来たのよ。 まあ、雑貨店は時代と共に大手の店に客を取られてしまったから… 店を畳んで雑貨の配達専門になってしまったけどね。」 「ああ。それで、その彼と結婚したから居酒屋は夢で終わったんですね♪ でも、それはそれで良かったじゃないですか? やっぱり結婚は縁なんですね♪」 「そうね。何処に縁があるなんてわからないわね(笑)」 「お母さん?私がお店をやりたいって言った時に、女の幸せは好きな人と結婚することよ! って言ってたのは、本当は自分の事を言ってたの?」 「そうかもね…でも、静香が結婚して子供が出来て、子供がある程度大きくなったらお店をやりたいって言ってくれたから、賛成できたのよ?」 「私は高校の恩師にそう言われていたから… だから、早く結婚して子供を大きくしてお店を持ちたかったの。 だけど…せっかくお店を出したのに…店終えをしてしまって… やらなかった方が良かったのよね…」 「静香?そんな事は無いわよ? 経営したって事には変わりはないから! 培った努力や経験は人生の財産になるのよ。 やらないで人生終わるより、やって失敗してもそれは、自分の人生の宝になるわ♪ お母さんの分まで夢を叶えてくれて感謝してるわ。」 「え?そんな風に思っていてくれてたの?」 母親の過去を覗いた静香は、なぜか涙が出て止まらなくなった。 父親と母親の出会いと、結婚に至るまでの気持ちを… 父親が死んだ後、母親から馴れ初めを聞かされるなんて思わなかった静香だった。 「静香のお母さん! 今度は静香の代わりに、お母さんの夢を私が代わりに叶えますね♪」 「加奈さん…ありがとう。 居酒屋を始めたときは、必ずお祝いに駆けつけるから言って欲しいわ♪」 「はい!何だったら、"お袋の味加奈子" という名前で店を出そうと思っているので、静香のお母さんも手伝いに来てくれると助かります! 高いバイト料を払いますから(笑)」 「あら?そうなの?それじゃ、長生きしないとね(笑)」 「静香はウエイトレスお願いするよ♪」 「え?それじゃ、昼間は尚ちゃんのお店でウエイトレスして、夜は加奈さんのお店でウエイトレスするの? うわ〰️。忙しい〰️。」 「働き頭だもん!頑張ってね!お母さん! あ!みよばあもバイトに行くなら、僕も手伝いするよ! 1人で留守番なんて、嫌だよ!」 「憲ちゃん?居酒屋は夜の商売だから、夜9時以降は18歳未満はバイト出来ないよ(笑)」 「え?後7年で16歳になるよ! 高校に入ったら夜の9時まではバイト出来るよね? それまで居酒屋始まらないでよ!」 「後7年後〰️?私が43歳になっちゃうよ! まあ、それでもいいか! 師匠!待ってるから、お願いするよ♪」 「任せておいて♪」 4人の笑い声が家の外にも聞こえそうだ。 静香は母親の笑顔を眺めて、本当に病気も完治して、楽しい会話がいつまでも出来ることを祈った。 だが、それと同時に飯田と一緒になるタイミングを逃してしまいそうで… …未来が怖い静香だった。
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