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472. コーヒーカップと静香の罪悪感
今日は土曜日。
旦那が帰って来る日だ。
憲一はいつもなら遅く起きるのに、お父さんが帰って来る日は早起きなのだ。
「お母さん。お父さんね。今、社宅を出たって♪」
「憲一にはメールあったのね?
それじゃ、11時には遅くても着くわね。」
そうだった。いつも旦那と憲一はメールで話しているんだったわ。
憲一はポケベルを見ながら嬉しそうだった。
「お父さんに見せたいものがあるんだ♪」
「あら。なあに?」
母親が起きてきて憲一に聞いた。
「うん♪この間父親参観日の時ね。
お父さんと一緒にコーヒーカップ作ったの!
粘土みたいな土で作ってね。笠間焼って言うんだって。
先生が笠間に作った物を持って行って釜で焼いてくれたの。」
「あら?そうだったの?竹とんぼだけ作ってきたのかと思ったわ?」
静香が問う。
「うん。それは2年生までは竹とんぼを作ってお父さん達と2時限目は遊んだんだけど、3年生からは2時限の時は土の粘土で好きな物を作ったんだ。
お父さんと僕はコーヒーカップを作ることにしたんだ♪」
憲一は部屋に戻り大事そうに2つのコーヒーカップを台所のテーブルの上に置いた。
重そうな茶色のコーヒーカップだ。
魚が泳いでいる絵が描いてあった。
「お父さんにはこっちのコーヒーカップを持って行ってもらうんだ。」
そこには2匹の魚が描いてあった。
というか、よく見ると魚を土粘土で作って色を付けてカップに貼ってあったのだ。
「ふうん。憲一のカップは大きな魚が1匹だけなのね?」
「うん。このお魚はお父さんなの。
そしてね。お父さんのコーヒーカップの2匹の魚は僕とお母さんだよ♪
離れ離れになってるから、いつもお父さんがコーヒーを飲む時に…
一人じゃないよ。僕達が居るからねって、思ってほしいから。」
静香はその何気ない憲一の言葉に凍りついて言葉にならなかった。
「憲一は本当にお父さん思いのいい子ね♪」
母親が憲一の頭を撫でていた。
朝食はパンとハムエッグだったが、静香は憲一の言葉で、食欲が出なかった。
「あら?静香が食べないなんてどうしたの?」
母親は静香を心配してくれた。
「うん。さっき牛乳を沢山飲んだから。
今はお腹いっぱいなの。」
そう、嘘をついた。
「静香は赤ちゃんの頃から牛乳が好きだったのよね。
1歳になる前に、哺乳ビンに牛乳入れて入れてって言って、冷たい牛乳が好きだったおかしな子供だったものね。
今でも変わらないのね(笑)」
そうだった。私は冷たい牛乳を飲んでもお腹は何とも無かったから、いくらでも飲んでいた事を思い出し、苦笑いして、その場に居たくなくて洗濯機に向かった。
憲一の気持ちの内側を聞いて、静香はため息しか出なかった。
10時半過ぎに旦那は帰ってきた。
憲一は玄関から出て、お父さんを迎えた。
「ただいま〜。」
「あら。よっちゃん。おかえりなさい。」
母親が旦那に声を掛けていた。
「お父さん。早く早く!」
静香は又、憲一の口からさっきの言葉を聞きたくなくて、洗濯物を干してから布団を干して外にいた。
「静香。布団を干してたの?」
旦那が外にいる静香を見つけて、廊下から声を掛けた。
「あ。おかえりなさい。そう、今日はいい天気だから、お布団干してたのよ。」
「静香。こっちに来て。」
手招きする旦那に静香は近寄った。
「はい。お誕生日おめでとう。ちょっと遅くなっけどさ。開けてみて。」
思いがけないプレゼントに静香は余計と罪悪感に苛まれた。
「静香?具合悪いのか?」
嬉しそうな顔をしていなかったから、旦那にはそう見えたのだろう。
「ちょっと、牛乳飲みすぎて…気持ち悪くなっちゃってたの(笑)
よっちゃん。ありがとう♪」
静香は精一杯の笑顔を向けた。
手のひらサイズの白い箱に赤いリボンが結んであった。
中を開けるとブレスレット型の時計だった。
「静香は時計しないけどさ。
洗い物する時濡れて邪魔って言ってたから…これなら直ぐに取り外し可能だしさ。
参観日や冠婚葬祭の時に着けてくれるかなって思って。」
確かにワンタッチで、時計がはめられる。
時計の大きさが小さくて、シンプルなブレスレット時計だった。
ちょっと、昔付き合った山口を思い出してしまったけどね。
「うん。ワンタッチでいいわ。
よっちゃん。ありがとう。大切にするわ。」
そう、大切にしまっておく事にした。
「そのネックレス、いつもしてくれて嬉しいよ。」
静香はハッとした。
この、ネックレスは飯田に貰ったものだったから!
去年、旦那は飯田と全く同じものをプレゼントしてくれていたのだ。
プレゼントも流産した子供も、旦那は勝手に自分の物と勘違いしていた。
子供は勘違いではないかも知れないが…
そんなまっさらな旦那の気持ちに、静香は申し訳なく思い、又、罪悪感が増した。
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