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487. 加藤との話
帰りの特急の中で、加藤が話を始めた。
「岡野さんはこの会社の中身を調べて入社してきたの?」
静香は予習するような人だから、恐らく知っていると仮定した加藤の言葉だった。
「え?中身も何も…昔、事務経験があるから一応面接しようと思っただけよ?
そもそもあんな面接で合格するとも思わなかったわ。」
「え?そうなの?それじゃ、なぜ中途採用がこれ程多いと思わなかったって事よね?」
加藤の言葉に奥歯に物の挟まった言い回しが気になった。
「60の営業所で30人の新人事務員って…流石にびっくりしたわ。
営業マンならともかく…」
「噂によると、ここの会社は無くなるらしいわよ?」
「ええ〰️!!!」
静まり返った車中に静香の声が響き渡った。
静香は生唾を飲んで、加藤の顔を覗いた。
「ど、どういう事?」
加藤は1面の一部分を切り取った新聞を静香に見せた。
「今日、ソルベーシーマージンの勉強しでしょ?
これ見て、1ヶ月前の新聞に載っていたのよ?」
そこには1997年 全ての金融関係のソルベンシーマージン比率が載っていた。
静香達が入社した○○生命のソルベーシーマージン順位は下から数えた方が早かった。
*ソルベンシーマージン比率とは、保険業法で定められた保険会社の健全性を示す指標のことで、「生命保険会社の支払い余力」と訳される。
支払い余力とは、大災害や景気低迷などの通常の予測を超える事態が起こった場合の、保険金の支払い能力のこと。
ソルベンシーマージン比率は、通常200%を健全性の基準としており、数値が高いほど支払い余力があるとみなされ、健全性も高いと判断される。
200%を下回ると早期是正措置の対象とみなされ、行政指導が入ることとなる。
ソルベンシーマージン比率は保険会社を選ぶ上で重要な判断指標となるが、この比率だけで判断するには不十分となる。
そこでもうひとつの重要な指標が『格付け』
ただし、この2つだけではなく、他に企業規模、成長性など、他の財務指標とあわせて総合的に判断することがより重要
○○生命はソルベーシーマージン408%
格付けも年々右下がり。
AAA→AA→Aに下がっている。
合併など試みないと破綻も免れないかも知れない。
そんな事がその記事には載っていた。
「まあね。400%はあるから…2、3年は大丈夫だと思うけど…ベテラン事務員は合併なんて嫌だから辞め出したのかと思ってるわ。
でもね。生命保険会社はたとえ破綻しても、会社が消えて無くなるって事はないから安心して、入社したのよ。
だって何百万人のお客様をそのまま見捨てる事なんて、金融関係が出来るわけ無いでしょ?
必ず何か手を打つわ!それが合併かとも思うのよね。」
静香は加藤の下調べを聞いて、びっくりした。
「バブルが弾けて、銀行の利息が低金利でしょ?
20年前に保険を加入したお客様の利率は高いから、今の金利の低い保険にどこの保険会社も、転換して変えてもらっているでしょ?ここもそうだけどね。
もう、21世紀がそこまで来ているんだもの。
変えてもらって結構だとも思っているのよ?
岡野さんもそう思うでしょ?」
加藤の考えに戸惑いを感じたが、3年先に破綻したら好都合だとも思った。
飯田と一緒になる時、辞めるに辞められない状態では無くなると思うと違う意味で安堵した静香だった。
「それにさ。会社都合での退職なら色々保障は厚いでしょ?
どうせ。破綻する時は上層部の人間だけしかわからないしさ。
自己都合と会社都合では、退職金も違うでしょ?」
さっき、2日で辞めたいなんて言っていた加藤の言葉とは思えないほど、計算高い女だと確信し、静香は加藤に脱帽した。
「そうね。3年間は破綻して欲しくないわね。退職金貰えないものね。」
静香は腹をくくったように、加藤と相づちを打った。
3年後、全ては変わる!
静香はそう思うことにして、この会社に頑張って居ることを決意したのだった。
土浦駅で加藤と別れると、静香は駅ビルに入っていった。
「なるべく、川井さんのカバンと同じ物を買おう。」
黒のビジネスバッグは沢山あった。
「あ!あった。全く同じもの➰。」
静香はほっとして、それを購入した。
そして、後の2日間はそのカバンを持って、加藤と電車の時間を合わせて、2人で本社に通った。
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