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492. お盆休み
静香が通う生命保険会社は川井の教育のお陰で、何事もなく無事に2日が過ぎた。
お盆休みは13日から15日。16日が土曜日なので5日間のお休みになる。
「岡野さんは8月入社だから、ラッキーね。
でも、お盆過ぎは戦争よ!覚悟してね。」
川井の言葉に凍る静香だった。
「覚悟?って…」
恐る恐る川井に聞き返した。
「ここは金融機関だから、営業所は休みになるから留守電に切り替わり本社直通になるけど、本社は休みではないわ。
そうなると、営業マンは有給休暇を取って休む人以外は仕事してるのよ。
成績優秀な営業マンこそ、こんな時に仕事するのよね。
ほら、親戚知人が、地元に帰ってくるでしょ?
だから、保険を薦めるにはもってこいのお盆なのよ。
だから、保険料を預かって来るから、お盆明けの月曜日が戦争なのよ!」
「5日分の保険料を月曜日の朝持ってくるからね!」
*25年前は50万円まで現金集金だった。
「え?3日間じゃないですか?」
「岡野さんはまだわからないかも知れないけど、営業マンには休みなんてあるようでないのよ?」
「え?お盆休みは無いんですか?」
「もちろん。皆、有給休暇を取っているわ。
でも、ここは働くだけお金をくれるところだから沢山のお給料がほしい人は休んだふりして、仕事してるのよ。
建前と本音の世界が生命保険会社ね。
だから、領収証を会社の金庫に入ってない人は仕事するから預けません!という暗黙の了解ね。
MDRTのバッチをつけている人は仕事なんて休んだことがないくらいバリバリ働いてるわ。
接待ゴルフも仕事のうちよ。飲み会もね。」
「え?自腹切ってゴルフや飲み会をしているんですか?」
「そうよ。営業マンは全て経費で落ちるでしょ?
皆、青色申告しているのよ。
営業マンってね。半分個人事業主なのよ!
だから、ボールペン一本。ティッシュや飴玉も全て自分持ちよ。
タダの物は会社にある約款やパンフレットと設計書くらいなもんよ。
営業マンは厳しいわ。最低成績があるからそれ以下の人は毎回半年後、解雇になってしまう人が出て来るのよ。」
「え〰!私達もあるんですか?」
「岡野さん。事務員は成績は無いから大丈夫よ。
よほど所長が首になるような重大なミスをしない限り首なんてならないわ。
今まで事務員で首になった人なんていないから心配しなくて大丈夫よ。」
それを聞いて胸を撫で下ろした静香だった。
「営業マンの仕事って厳しいんだ〰。
このオフィスから出て行けば、自由があっていいなあなんて思っていたけど、大間違いね!」
「そうよ。見えない鎖で繋がれているようなものよ。
毎日、日報書かされて、下手すりゃ所長にちゃんと行動しているかお客様に、電話して確認する時もあるのよ?
まあ、大きな入金になった時がほとんどだけどね。」
「見えない鎖かぁ…私には出来ない仕事かも。」
川井が笑って
「え?岡野さんは営業向きじゃないの?」
「え?私が?」
「誰とでも話が出来るし、コミュニケーション能力は高いほうだと思うけど!
あなたはお客様に可愛がられるタイプよ。
もし、もしもよ。この会社が破綻するときがあったとしても、ここの会社のノウハウを活かせば何処に行っても生命保険の営業マンは出来ると思うから、何事にも真剣に覚えて仕事していきなさいよ!
ここで培った経験はきっと役に立つわ!」
川井が言ったこの言葉の重みを3年後に実感することになる静香だった。
「破綻…かあ。やっぱり川井さんも薄々感じているんだわ。」
帰りの車の中で、静香はボソッと独り言を言った。
「ただいま〜。」
憲一が玄関ではしゃぎまわっていた。
「お母さん!お父さんね。今日の夜帰ってくるんだって!」
「え?今夜?」
「うん!明日昼間渋滞に巻き込まれる前に仕事終わったら、こっちに向かうんだって!
だから、9時までには帰って来るって♪
お父さんとお風呂に入るから、寝ないで待ってていいでしょ?」
「別にいいけど…」
本当に憲一は首を長くしてお父さんを待ってるんだよね。
ちょっとヤキモチ妬いちゃうなあ。
「お盆休みの計画をお風呂でお父さんと話を煮詰めるんだ〜♪」
スキップしてリビングを歩き回っている憲一を見て、微笑んでるみよばあを見る光景は静香も心和むのだった。
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