500. やっと終わった長い一日

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500. やっと終わった長い一日

盆明けの地獄の仕事は半端なかった。 まずは1円も間違ってはいけない第一回保険料だ。 書類を渡されたとき、ちゃんと現金は確認したが、中にはクレジットカード、デビットカードのお客様もいるので営業マンの金額ミスは無いか調べるところから始まるのだ。 銀行口座の振込用紙は営業マンが振込先の銀行に行って、印鑑の確認をしてくるから後からの配送になる。 だから、振込用紙の下の欄に契約書の番号を間違えないように記載する。 これを間違えると大変なことになるのだ。 川井が未だかつて事務処理で間違えたことなど無いから、私が間違ったら前代未聞だと釘を打たれた。 そんなことを言われると、余計に緊張が走る。 そして、1つずつ契約者の情報をパソコンに打ち込んで行く。 *しかし、昔は馬鹿みたいに書類が多く、何もかも手作業で時間ばかりがかかる作業だった。 コンピューター時代なんて言っても、やることは人間だからアナログに近い仕事だ。 それに比べて現在はAIのお陰でミスなんて100%無い。 あるとしたら、人間がチェック欄に間違えてチェックする事だ。 それもパソコンが間違えていませんか? と言ってくれるのだから、人間の方がどれだけミスする生き物だかわかる。 契約はモバイル決済になり、現金集金も無くなり、契約書もペーパーレスになり、印鑑も無くなり、銀行口座振替もモバイル1つでその場で終わる。 そして、お客様はパソコンの中の契約内容を確認すると、最後にパソコンの中でタッチペンでサインして終わるのだ。 パソコンの進化は計り知れない。 だけど、人間は昔も今も変わりはしない。 いえ!パソコンのAIのお陰で人間の脳は退化していってるかも知れない。 だから、現在は事務員も営業所に一人居れば充分だ。 そして、どんどんパソコンがAI展開になると人間が居る場所が無くなって行くのである。 「うわ〰。お昼過ぎてるのにまだ半分も終わらない〰。」 静香が、焦りのあまり声に出てしまった。 その時、所長がお昼はほか弁を買って帰ってきた。 「お二人さん。お疲れ様。はい。ほか弁ね。今日はおごりだ。二人共お昼にしてね。」 「ありがとうございます。」 二人は仕事を中断した。 所長は冷たいペットボトルのお茶も奢ってくれたのだ。 「とにかく、今日は1時間の昼休みを与えてあげられないから、申し訳無いけど食べ終わったら仕事始めてくれるかな? 電話の応対は俺がやるからさ。 悪いけど、よろしくおねがいします。 残業になるけど…夕方の便はいつもより2時間遅らせてもらったからね。 皆のお給料にもかかわるし、焦ってミスしたら元も子もないからゆっくり、焦らず頑張って遅くても夜の8時までには帰るようにしような。」 「え?8時ですか?…わかりました。後で母親に連絡しておきます。 それと…所長?明日、母親を診察の為に病院に連れて行くので…こんなに忙しいのに申し訳ありませんが…お休み頂きたいのですが…」 「そっか。わかりました。 それではとにかく、今日の仕事は今日中に終わらせて帰ってくださいね。」 所長は仕方ないという顔をして、休暇の承諾をしてくれた。 「岡野さん。あなたの今年度の有給休暇は8日間ですからね。 実はお盆の3日間は特別有給休暇にならないのよ。 本社が休みでは無いので… もう有給休暇は3日間は使ってしまったので、明日休むと後4日しかありません。 そこはわかってくださいね。 ただし、年末年始は特別有給休暇だからそこは数えなくて大丈夫よ。 来年度は20日間は有給休暇はありますからね。」 川井に言われて、始めて本年度は8日しかないことを知らされた。 「採用通知の重要事項説明欄にはちゃんと書いてありましたよ。 岡野さんは実家に今は住んでいるから、元のポストから取らなかったのかな?」 所長に言われて、静香はハッとした。 沢山の郵便物で中をちゃんと読んでいなかったのだ。 「岡野さんはそそっかしいところがあるから、書類に目を通すときはしっかりはじから端まで読む癖をちゃんと付けてくださいね。 ここは、完璧を求める会社ですからね。」 川井に言われると、教育主幹を思い出す。 そうなんだよね。ここはミスは許されない。 聞いていません。わかりませんは通用しないのだ。 責任重大で、そそっかしい性格とか、あわてんぼうな性格なんて許されないところなのだった。 大変な会社に就職してしまったと、今更ながら思い知らされた静香だった。 そして、お昼を食べ終わると静香はトイレに行きながら母親に遅くなることを連絡したのだった。 午後の仕事は夕方7時に宅配便がくるまでに 完璧に終わらせることだった。 夕方6時過ぎると、営業マン達がどんどん戻って来た。 「お二人さん?お疲れさまです。」 そう言って、コーヒーを入れてくれたのが朝、最初に契約書が入ったファイルを提出した年配の女性の緒方さんだった。 「あ。すみません。私がコーヒーをいれなくちゃいけないのに。」 静香は緒方さんに声をかけられるまで、戻ってきていたことさえわからなかったのだ。 「いいのよ。事務の仕事は今日はいつもの3倍はあるんですもの。 はい。川井さん。銀振り確認してきたわ。」 そう言って、川井に銀行口座振替用紙を10枚渡した。 『うわ〰。また、仕事が増えるの〰。間に合わないよ〰。』 静香は心で叫んでしまった。 川井はササッと記入し、チェックして書類を追加で宅配用のバックの中に入れた。 『流石〜。仕事が早い!私には出来ない技だわ〰。』 静香は川井を尊敬した。 後から、戻ってきた12件の契約書を提出したやり手の営業マンの石井さんが、やはり銀行口座振替用紙を持ってきた。 「よろしくね。」 そう言って、静香に渡した。 『うわ〰。もう、私は手が一杯でこっちまで手が回らないよ〜。』 すると、川井がスッと用紙に手をやり、静香の代わりにチェックしてくれた。 「はい。終わりましたよ。後は岡野さんが終わった書類をもう一度チェックするわね。」 「え?川井さんの方が私より倍の仕事の量があったのに、後からの書類も皆終わったんですか〜? スゴ技〰!!」 川井は笑いながら、 「岡野さんも半年もすれば私を追い越すわよ。 まあ、その頃は私はここには居ないけどね。 早く要領を掴んでね。」 「はい!」 静香は返事だけは良かった。 その日は夜8時に会社を後にした。
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