501. 病院で知り合った人の言葉

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501. 病院で知り合った人の言葉

夜9時 「たらいま〰💦」 やっとの思いで帰宅した静香だった。 「おかえりなさい。相当疲れたようね。 先にお風呂に入いっちゃう?」 「お腹ペコペコ〰。」 「地獄の一日お疲れ〜。それじゃ、僕の作ったカレー食べてね♪ 僕はもう寝るね!」 そう言うと、憲一は部屋に向かった。 「わ〜♪カレー?嬉しい。」 静香はご飯を大盛りによそってカレーをかけた。 「静香はいいわね。何でも美味しそうに食べるから。 食べられるうちが花よ。」 「え?お母さんは食べなかったの?」 「う…ん。カレーって結構脂っぽいのよ。 だから、そうめんを憲一が作ってくれたわ。」 静香はカレーを大きな口にスプーンを運んでほうばりながら、母親の顔色を眺めていた。 『そうめんか〜。おかゆもだけど…炭水化物だけ口にしてるよね。 朝、野菜ジュースは飲ませてるけど… 血や肉になるタンパク質が足らなすぎるよね? 明日、病院の診察終わったら美味しくて栄養満点でお母さんの口に合う所に連れて行ってあげようかな。』 「お母さん。明日病院の帰りに美味しいランチ食べようね。」 「そうね。ごめんなさいね。明日休ませて。所長さんに怒られなかった?」 「うん。今日中に全部仕事終わらせたから、明日は大丈夫よ。 ホント!今日は地獄の一日だったわ〜。」 そんな会話で、その日は終わった。 次の日。憲一を学校に送り出すと、母親と病院に向かった。 結構、病院は混んでいた。 「いつもの事だけど、ホント。協同病院は混んでるわよね〰。」 8時には着いているのに、沢山の患者が椅子に座っていた。 受付が朝5時には開始するのだ。 家族が朝早く一度診察券を箱の中に入れて行くから、8時では10時半頃にならないと順番がやってこない。 椅子に座っていると、隣に座っていた患者が 「昨日より空いてるわよ。昨日は座るところも無いほど、この時間で混み合ってたわ。」 「え?そうなんですか?っていうか毎日通院しているんですか?」 静香は目を丸くして、隣の患者に聞き返した。 「私は癌なのよ。 あっちこっち切り落としたから、もう大丈夫だと思ったのに… 昨日は3ヶ月に一度の検査の日だったのよ。 そしたら、癌が再発かもって言われて… だから、今日は精密検査になって… また来たのよ。 今日は予約したから、多分呼ばれるの早いと思うけど… なんか、もうめげちゃうわよね〰。」 自分の病気の話を隠さずに知らない人間に淡々と答えるこの女性を、静香はメンタルの強い人間だと思った。 「再発…嫌な言葉ね…」 母親はその人に聞こえないような小さな声だけど、静香の耳には聞き取れた。 その人は、本当に初めに番号を呼ばられて診察室に入っていった。 「あら。私と同じ主治医なのね。」 母親はそれだけ言うと、さっきの話を思い出していたようで、その後黙ってしまった。 「お母さん。売店開いたから、何か飲もうよ。私、買ってくるね。」 「いらないわ。静香だけ買ってきたら?」 『ああ。お母さんはナーバスになってるな〜。 よっぽどさっきの話を自分の事のように考えちゃているんだわ。 先生に異常無しって言われないと、お母さんの心は晴れないわね…。 お水でも買っておいてあげようかな。』 売店で、静香はブラックコーヒーと水のペットボトルを手に取り、レジで会計を済ませた。 静香が母親が居る方に歩き出すと、誰かと母親が話している姿を目にした。 『あ。さっきの人だ。診察終わって出てきたのかな?』 「あら。娘さん。お母さんに聞いたわよ。 一緒に住んでるなんて親孝行ね。 私の一人息子なんて札幌市に転勤になっちゃったから、旦那と二人っきりの生活〰。 喧嘩しながら仲良く暮らしているわ(笑) 今から、MRI室なの。じゃあ。」 その人はそう言うと、MRI室に向かっていった。 なんとなく、後ろ姿が寂しそうだった。 あの人も折れそうな心を、必死に笑顔で心を支えているんだなと思った。 「あの人ね。私と同じような手術をしたの。 半年前みたい…。 半分残しておいたすい臓に、また癌ができたみたいで… 多分、すぐにすい臓を全摘出手術しないといけないって思うって… あの人ね。元看護師だから先が見通せてしまって… ため息をしていたわ。 でもね。色んな患者さんを見てきたけど、笑顔でいる人には敵わないんですって。 どんな病気でも、笑顔の患者さんは克服しているって… たとえ、亡くなってもその人は、病気に負けて死んだのではなく、寿命だったんだって… だから、死ぬまで笑顔でいることに決めたって。 どう死ぬかではなく、どう生きるか! なんだって… ……強い人よね。」 『どう死ぬかではなく、どう生きるか!』 静香と母親はその言葉を心に刻んだのであった。 あまりにも、深すぎる言葉だった。
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