539. 会社に着いて

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539. 会社に着いて

それから静香は母親の車を借りて、駅まで行った。 途中、昨日警察が迂回しろと言った場所は水が溜まって無かった。 水が引くのも早い道だった。ところどころ木に草が引っ掛かっていた。 随分水かさが増えたんだと思ったら怖くなった。 間違いなく、車は半分は潜っていただろう。 昨日、動けなくなった車が道の端にあった。 ドア半分まで浸かったのだろうと思うドロがここまで浸かったよと言わんばかりに汚れていた。 自分の車も二の舞にならなくて良かったと、胸を撫で下ろした。 会社に着くと、やはり川井の姿がなかった。 相当、悪いのかとも思った。 「何か、川井さん。熱が下がらなくて検査するから今週休むと言ってたよ。 岡野さん。頑張ってくれよな。 期待しているからな。」 『ええ〰️!今週ずっと〰️。』 仕方ないか。病気だものね。私はピンピンしているんだもの。 溺死しなかったんだもの。 でも、この事は所長には言えない。 だって、あのままちゃんと帰っていれば、雨に降られる事は無かったもの。 話がおかしくなるでしょ?何処で何してたんだ?って。 お母さんにも嘘言って…溺死したら真相を暴かれてしまうところだったわ。 「はい。頑張ります!」 それだけ言うと、静香は席に着いた。 車通勤じゃなかったことが救いだった。 誰も静香の車を知らないからだ。 「あれ?岡野さん?代車?車どうしたの?」 そんなことを言われたら、昨夜の話をしなくてはいけなかったからだ。 もう、昨日の台風の事は忘れたかった。 「おはようございます。」 営業マンの佐藤が暗い顔をしてフロアーに入ってきた。 「おはよう。どうかしたのか?佐藤君?」 所長が佐藤の顔色見て、すぐに近寄った。 「はい…昨日お客様の所から帰る途中嵐にあいまして… 道に雨水がたまっていたのですが… このくらい大丈夫だろうと思って走っていたら、まさかあんなに水かさがあるなんて思わなくて… 車があれよあれよという間にドアの下まで浸かってしまって… 俺、書類の入ったカバンだけ抱えてドアを開けたら、水が車の中に濁流のように流れ込んで…カバンもびしょびしょになって… 車は水に浸ってしまって… ポンコツ行きになりました。 だから、今日は代車で来ました。」 そして、雨に打たれた契約書がファイルにはさまれていて、静香の前に出して 「昨日、帰ってからドライヤーして、アイロンかけたんですが… ここまでしか復元できませんでした。 大丈夫ですか?」 ふやけてしまった契約書を手にした静香は 「あ。ちゃんと名前も住所も書いてあるのが読めますから大丈夫ですよ。 おめでとうございます。」 静香はそう言って、書類を預かった。 「岡野さん?岡野さんは駅まで車で来るんですよね?」 静香はドキっとした。 え?まさか何処かで会ったのかな? 「え?ええ。土浦駅までですが…途中、佐藤さんのように水害にあった車が道端に無惨にも置き去りにされてましたね。 昨日は夜は半端ない雨が降りましたから、佐藤さんも大変だったでしょう? 車がお釈迦になって大変でしたね。」 「あ!やっぱりあそこの街道通るんだね? あれさ。俺の車だよ! 白のマークIIだったろ?」 「ええ!!あの白の車?半分ドロ水で浸かってしまった車ですか?」 「そうなんだよ〰️。俺のマークII… マフラーから水が逆流して、電気系統がおじゃんになっちゃったんだ〰️。 あれさ〰️。ローンがまだ残ってるんだよ。 まあ、車両保険加入していたから、ローン残金位は保険金入るだろうけど… あのマークIIは二度と手に入らないから… やっと探して気に入って買ったマークIIだったから… 水没して泥まみれになった俺の車を処分しないといけないって思うと辛くてさ。」 そう言ってテンション下がって契約した喜びなど無くなっていた。 「でも、体が何とも無くて良かったですよ。 車は買え変えられるけど、佐藤さんは世界で一人だけなんですからね! 運が良かったじゃないですか? 契約も頂いて。きっと佐藤さんが好きなマークIIがまた手に入りますよ。」 静香は佐藤を励ました。 「ありがとう。岡野さん。うん!そうだね。 またマークIIを探すよ!」 佐藤は少し晴れた顔になり、席に戻って行った。 静香ももう少しで、自分の水没の話をしてしまうところだったが、誰にも言わずにその日はいられた。 今日の契約は昨日の台風の為か、2件だけで静香は定時であがることが出来た。 『ハハハ。今日がデートだったら良かったのに〰️。 なんで思う通りに行かないんだろうなあ。 昨日台風が来るなんて天気予報は言って無かったのに〰️。』 静香は深い溜め息をして、電車から降りた。 「岡野さん?」 改札口を出た静香は自分の名前を呼ばれてびっくりして振り向いた。 「え?川井さん?どうしてここに?」
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