540. 川井が休んだ本当の理由

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540. 川井が休んだ本当の理由

「岡野さん…ごめんなさいね。一人で今週仕事やらせてしまって… 多分、今月いっぱい休むから… さっき所長にヘルパーを明日から今月いっぱい入れて欲しいと頼んだの。」 「え?今月いっぱい?川井さん? そんなにお体悪いんですか? あの…ヘルパーってなんですか? 誰か川井さんの替わりに来てくれるんですか?」 静香は初めての事だったので、川井の言葉の全てが疑問だらけだった。 「岡野さん。そこの喫茶店でお話少し出来るかしら?」 川井が覚悟を決めたような顔をして、静香の顔を見つめた。 「あ。はい。1時間位なら大丈夫です。 母親にも、もしかしたら遅くなるって朝言って来たので…」 「そう。それは良かったわ。岡野さんにはちゃんと言っておかないとと思ったから。 ご迷惑かけてしまっているしね。」 2人で喫茶店に入るとピザとコーヒーを頼んだ。 「私が誘ったのだから今日は私の奢りね。」 川井の言葉に 「え?いいですよ。私の分は支払いますから。」 静香は先輩に奢ってもらうなんてと、断ろうとした。 「ダメよ。私が岡野さんに迷惑かけたんだから! それと、これは今から話す事を誰にも言わないで欲しいの。 だから、口止め料よ。」 え?口止め料?川井さん…何か隠していることがあるの? 「実は娘が出産して、今産婦人科の帰りなのよ。」 「え?おめでた何ですか?お孫ちゃんが生まれたんですか? おめでとうございます。 お祝い事じゃないですか! なんで、会社に黙っているのですか?」 静香は出産祝いを隠す必要があることが疑問だった。 「娘…シングルマザーなのよ…不倫で出来てしまった赤ん坊なのよ。 誰にもこんなこと話せないわ。 自分の娘に限って…そんな話。恥ずかしくて所長に言えるはずもないわ!」 衝撃的な話に静香はピザを食べようとした手が止まってしまった。 「愛人なんかに…なっていたなんて…出産するまで知らなかったのよ… ホント!母親失格ね。」 川井は溜め息をして、窓ガラスの外の夜景を見つめていた。 「彼氏がいたのは知っていたわ。 同棲していたから。 妊娠して…でも、これで2人は籍を入れるのねと思っていたのよ。 まさか、まさか娘は愛人だったなんて… 彼は妻帯者だったなんて…」 川井は深い溜め息をした。 「娘がシングルマザーで生きる!なんて言葉にするもんだから。 何を馬鹿な事を!って思ったわ。 2年も愛人生活をしていた挙げ句に… まさか子供が出来たんだから、今の奥さんと別れて娘と一緒になるだろうと思っていたのよ。 それが何よ!子供は認知するけど、妻とは別れる気はないなんてほざいて… 娘も娘よ!初めから承知していたなんて… それなら避妊するのが普通でしょ? 彼に問いただしたら、ちゃんと避妊しているはずでしたなんて言い出して… 娘がどうしても子供が欲しかったから、スキンに針で刺して妊娠できるようにしていたなんて馬鹿なこと言ったのよ? ホント!馬鹿な娘もいいところよ!」 静香の顔を見ないで、窓ガラスの方を向いたまま川井は涙を流した。 「これから、自分がどんなに愚かな人生を歩くのか… 子供にどんなに辛い思いをさせるのか… あの子はまったくわかって無いわ!」 静香は川井の言葉が、母親から言われているような思いがよぎる。 「川井さん。娘さんは愚かな人間なんかじゃありません。 きっと、付き合い初めてから今の人生を歩む覚悟が出来ていたんですよ。 逆ですよ。娘さんを誇らしく思ってあげてください! ちゃんとシングルマザーとして生きて行く為に、国から受けられる全てを学んでいるはずですから! 覚悟がある人間に怖いものなんて無いんです。 きっと、立派に子供を育て上げると思いますよ。」 静香の意外な言葉に川井はびっくりしていた。 「岡野さん…あなたの考えはそうなの? 娘は立派なの?愚かな人間じゃないの? そう…今の若い人達ってまったく私達世代の考えとは違うのね… 新人類って言葉が生まれたのもわかる気がする… でも、ありがとう。岡野さんの励ましで少し私の間違った教育せいだと罪悪感を持たなくて済んだわ。 実はね。私はバツイチなの。」 え?ええ!旦那さんは亡くなったって聞いてたけど? 静香はびっくりした表情で、川井を見ていた。
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