542. 川井と別れて

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542. 川井と別れて

静香は自分と重なって涙が溢れた。 自分は旦那に離婚をつき出せないでいた。 川井は容赦なく罵倒して離婚届を出せた。 それは、川井の方が潔白だったからだ。 私は自分で不倫していて、旦那にはそこまで罵倒なんて出来なかったから。 「岡野さん。私はこの手帳を読んで…心底、主人の病気の事を何も知らない女だったって…自分を攻めたわ。 今も攻めてるの。私のした行動で夫を死なせたのよ。 私は…鬼嫁だったって。 たった一度の過ちを許せなかった心の狭い嫉妬深い哀れな女だったのよ… 義母にも言われたわ。 観察力が的外れだったわね。 もう少し、息子の体を思いやって欲しかったって… 健康診断書くらい把握して欲しかったって… 私は自分の事しか考えていなかったのよ。 主人が言うように狂った妻だったわ…」 ハンカチで涙を脱ぐっている川井を見て、また自分と重ねた。 あの時、離婚届を付き出していたら…今、私も後悔したのかしら… 「そろそろ出ましょうか。ごめんなさいね。明日からヘルプが本社から来るからよろしくお願いするわ。 ヘルプってね。一人が1週間以上休む時は本社から来ることになっているのよ。 岡野さんなら、すぐに仲良く出来ると思うからよろしくお願いするわね。 娘は明日退院するけど…帯飽きまでは、私の家で診てあげることになるから…9月いっぱいはお休みするわ。 それと今日、ここで会った事も内緒でお願いするわね。 だから、所長から聞いた話に合図知を打ってほしいわ。 何も知らない事にしてちょうだいね?」 そう言うと、2人で喫茶店を出た。 真向かいのラーメン店を眺めて、川井が 「昨日のこの時間…岡野さんと男の人とラーメン食べてたわね。 もしかして、彼氏?」 川井に言われて静香は心臓が破裂するほどびっくりした。 「え?」 だが、川井にはその顔が驚きの顔ではなく、怪訝そうな顔に見えたようだ。 「ごめんなさい。すぐに疑う癖が抜けないわね。 昨日も産婦人科の帰りにここの階段を登っていたから、ふとラーメン店を覗いたら岡野さんがいたから目で追ってしまったのよ(笑)」 川井は笑って誤魔化した。 そのお陰で、静香は落ち着いて答えられた。 「ああ。彼は前に私の店で働いていた従業員です。 改札口でばったり会ってラーメンだけ食べて帰りました。 家に着いたらどしゃ降りの雨が降りだして… 今日のはずが昨日の夜台風が通過してびっくりですよ。」 「そうだったのね。元従業員なの? そうか、岡野さんは事業を営んでいたんですものね。 その若さで凄かったわね。 尊敬するわ。彼氏なんて思ってごめんなさいね。 だから、主人も可哀想だったわね。 何も言い返せなくするほど罵倒して… 反省しかないわ。」 深くため息をすると、川井は会釈して改札口に向かって行った。 静香は胸を撫で下ろして、階段を下りて行った。 『やっぱり私の行動はいつも誰かに見られているんだな。 だけど私も、良く冷静に答えたわね。 私も誤魔化すの上手くなったのかしら?』 人通りの多い場所で、飯田と食事をするのはもう避けようと思った静香だった。 さっきの川井の旦那の手帳を読んで、静香は自分と重なり居たたまれない気持ちになっていた。 私があの時、離婚届を突き付けていたら、きっと旦那は手をついて謝った気がした。 それでも、離婚を強く要求したらきっと旦那はしぶしぶ受け入れたと思う。 憲一の親権者争いはあるだろうけど… 多分、憲一を社宅には連れて行けないから… 私が親権者になるだろうと思う。 旦那は彼女と再婚したかな? やっぱり、自閉症の子供を抱えて、憲一の教育費を支払って行くのは大変だろう。 もしかしたら、心臓の手術代の500万支払ったのかな? でも、お金で近付いたのバレバレよね? 愛は冷めるかな? 川井さんの旦那さんは一緒になる気持ちは無いって書いてあった。 それは命が短いのを知っていたから? 旦那も私と別れる気は無いって言ってたよね? やっぱり男と女の考えは違うのかな? 愛しているからこそ、彼女と別れた川井さんの旦那さん… 飯田の幸せは私なの? 愛しているからこそ身を引くべきなの? でも…私には出来ない。 今は答えが見つからない。 ビルとビルの間から見える夜空の満天の星の輝く空を見つめて静香は立ち止まり、想いに耽っていた。
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