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557. 所長と秘密の約束
「知っていたんですね?私達がそこのホテルのレストランに居たのを…」
静香は所長が誤解を解くために話をしてくれたことで全てがわかったのだった。
「体のガッチリした旦那さんだね?」
所長は優しい眼で微笑んだ。
「え?は、はい。毎週ではありませんが、千葉から電車で帰ってきて迎えに行って…
主人がお腹が空いたって言うもんだから、たまには2人で食事して帰ろうってことになって…
あそこのレストランのハンバーグステーキは大きくて柔らかくて美味しいんです。」
旦那と勝手に思ってくれた所長に、そう言い放った。
こっちがギリギリセーフじゃない。
私の席が彼と反対だったら、きっとレストランに入って来たわよね?
2組同士で、気まずい思いをしたはずだ。
所長も弁解の余地もなかったし、こっちも涼しい顔で『主人です。』なんて気の効いたセリフなんて出る事も無かったと思う。
静香は胸を撫で下ろした。
「それでだ。岡野さんには本当の事を言ったけど、梁田さんには黙っててくれるかな?
彼女はきっと何を言っても信じないと思うから。」
「え?あ。そうですよね。青森に帰ったと思っているんですものね。
わかりました。」
「いや。青森には飛行機で帰ったよ。
成田から2時間位で家には着くからね。
私の故郷は十和田なんだよ。
お祭りがあったんだ。何がなんでも帰らないわけには行かなかったんだよ。
親戚も来るし、行かなかったら妻に後で何を言われるかわからないからな。」
「え?お祭りが今頃あるんですか?」
「ああ。青森って言ったら『ねぶた祭り』が有名だけど、地方の祭りが9月はあちこちにあるんだよ。
東京の同期も青森出身だからな。
あいつは夜行列車で青森に帰ったよ。
あっちで会ったんだよ。
あいつは方言丸出しで直そうとしないところが、いいところだよな。
私は方言を隠して今まで来たから、あいつといると素に戻って安堵するよ(笑)
でもさ。あいつは真面目に見えて不倫しているからな。
人って何かを隠している生き物だよな。」
静香はもしかしたらと思って所長にかまをかけた。
「あの。青森出身の所長って他にもいらっしゃるんですか?」
「いや。関東信越地方には、私とそいつと2人だけだ。
え?もしかして、梁田さんが岡野さんに何か話したのかな?」
静香はコクリと頷いた。
「そっか。あいつの不倫相手は梁田さんだよ。
別れたくても別れられない彼女なんだと言ってた。
だからこそ、梁田さんにはこんな話は言えないよ。
鼻から信じてはくれないだろうからな。
見られたのが岡野さんで良かったよ。
よく、今朝梁田さんの前でビジネスホテルの話も夜行列車の話もしないでくれたよね。
ありがとう。感謝するよ。」
所長は所長候補の彼女との噂が広まったりしたら、彼女が所長になれないことを知っていたのだった。
そして、所長も来春は左遷となり、飛ばされる。
そんな思いをしながら、けろっと自分で不倫の話をしてしまう梁田に大胆さを感じてしまう静香だった。
「午後の会議はその所長候補の話もあるんだ。
女性の所長候補の今後の教育についてなんだよ。
会社は将来は女性の機関長も多くして行くつもりなんだよ。
岡野さん。もしかしたら、来春は私は所長から本社に入るかもしれない。
教育主幹の部長としてね。今の部長の後がまにね。
来春、部長は還暦を迎えるんだよ。
部長がその話がしたいからって今から東京に行くんだよ。
この事も内緒でお願いするよ。」
そう言って、2人はレストランを後にした。
静香は笑顔で駅まで送った。
所長は手を振って改札口に入って行った。
静香はひとり大きな溜め息をした。
『やっぱり所長はいい人だった。
白ってことよね。不倫しないで仕事1本の真面目な所長ってことだわね。
不真面目なのは私と梁田さんの所長の彼氏ね(笑)
さっきの話は誰にも言えないわよ。
誰も絶対信じないと思うから…
朝、何も言わないで良かった~!』
1時間が過ぎそうで、走って会社に戻った静香だった。
会社のフロアーのドアを開けると、梁田が営業マンと話していた。
「あら。静香さん。お帰りなさい。
所長とお昼一緒だったの?」
「え?うん。何で知ってるの?」
営業マンの青木が
「レストランから2人で出て来るのを、見たからさ。
俺はすき家で食べていたんだよ。2人が歩いて駅に向かっていたから俺もすき家を出て後をつけたんだ。
所長手なんて振っちゃってさ。
結構2人は仲良いんだな。って思ってさ。」
静香はこれ以上誤解をされては、噂が広まると思い
「ただ、食べたいレストランが一緒だっただけよ?
今後の会社がどうなるのか知りたかっただけよ?
変な言い回しはやめてほしいです!
上司と事務員の関係以外に何もありませんから。」
梁田は笑って
「やーね。静香さん?どうしたの?
誰も静香さんと所長が怪しい関係だなんて言ってないわよ?(笑)
そうよね。誤解されたら嫌よね?
愛してる旦那さんに悪いものね。」
静香は皮肉を言われたような気はしたが、黙って頷いた。
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