278人が本棚に入れています
本棚に追加
/675ページ
579. 金曜日になって
それから一週間があっという間に過ぎていった。
金曜日に梁田の机の中に川井宛に手紙を書いてそっと忍ばせた。
来週から川井は梁田の机が自分の机だから、静香の机を梁田が使うことになる。
梁田は川井宛に静香が手紙を入れたのは知っていたが、あえて何も聞かなかった。
多分、梁田の紹介と自分の母親の入院のために会えないことを書いた手紙だとわかっていたからだ。
「それじゃ、岡野さん。来週いっぱいは有給休暇だね。
梁田さんと川井さんがいるから会社の事は心配しなくていいからね。
お母さんをしっかり介護してあげてください。
お大事にな。
じゃあ、2人とも今日は定時で帰っていいよ♪」
「ありがとうございます。」
2人は口を揃えて言った。
2人は駅に向かいながら、いつものように梁田は静香と腕を組んで歩いていた。
「今日は私の所に彼が来るの♪おかずを買って帰らないとね。
掃除もしないといけないわね(笑)」
「あら?金曜日の夜なんて珍しいわね。」
「うん。孝雄さんの誕生日なの。
でも、浮かれて彼のマンションに泊まったらもしかしたら彼の友達が来るかも知れないでしょ?
息子さんも大学が東京だから、訪ねて来るかも知れないしね。
だから、私のアパートでささやかなお誕生会をするの♪
私の所に来る人はいないから。」
満面の笑みで梁田が言った。
「そう。所長の誕生日なんだ。
おめでとうございますだけ伝えてね。
何もプレゼント用意してないけど(笑)」
「ううん。静香さんにはこの間プレゼントをもらったじゃない。
私達お揃いのキーホルダー♪
大切にしているのよ♪」
2つを合わせて初めてハートが彫られているのがわかるキーホルダーだった。
そう言えば梁田の家族の事は何も聞いていなかった。
誰もアパートに訪ねて来ないなんて…
姉弟と両親はいたはずよね?
今日子さんは江戸っ子ってだけは聞いてたけど…
家族は都内に住んでいるのに?
でも…幸せそうな梁田の顔を今は暗くしたくなく、静香は時間がある時に聞こうと思って何も聞かずに改札口で別れた。
家に着くと、旦那の車が停まっていた。
え?明日来るんじゃなかった?
玄関を開けるとカレーの匂いが漂った。
「お帰り!静香。夕飯作って待ってたよ!」
「え?よっちゃん?帰ってくるの明日じゃなかった?」
「うん。工場長に話したら、一緒に住んでる家族の入院なら今日は営業回りながら直帰して構わないからって言われてさ。
午後から会社に寄らずにそのまま帰ってきちゃたんだ(笑)
来週は水曜日から出勤すればいいって!
たまにはいいよ。家族に早く会いたいしさ。
いつも、静香ばかりに苦労かけてるから。
俺が出来ることはしないとな!」
母親の入院の為に飛んで帰ってきてくれた旦那にちょっと感謝した。
「お母さん。僕もカレー作るの手伝ったんだよ♪
今日はみよばあが食べられるように甘口カレーだよ♪
お母さん用にカレースパイスも買ってあるからね♪
早く食べようよ。」
久しぶりに母親の笑顔が見られた夕飯だった。
この一週間、母親は何度も何度も入院用バッグを見直しては、追加していたのが日課だったから…
家族と団らんは母親が望んでいたことだったから。
私達が笑顔でいれば母親の病気は治るの早いよね?
今は我慢して母親の前では笑顔でいよう。
看護師さんにも言われたしね。
そんなことを考えながらカレーを食べていたら、旦那が
「明日は入院の2日前だから、日曜日はゆっくりしていたとして明日は家族皆と出掛けないか?
憲一は空手道場休めるか?」
「うん!大丈夫だよ!先生に電話をするよ!
せっかくお父さんが来てくれたんだもん!
どこに行くの?」
「最初はお墓参りだ。無事にお義母さんの病気が治りますようにって2人のおじいちゃんにお線香あげような。」
「うん!賛成!」
母親も静香も同じ気持ちだった。
旦那が来なくても墓参りはする予定でいたのだった。
「それから、紅葉はこっちはまだ早いけど、ドライブしようと思う。
お義母さんは大丈夫かな?」
「ええ。私も入院したら帰ってくる頃は冬になってしまうから、見納めしたいわ。」
「もう!何?見納めって!
治って戻ってくるんでしょ?」
「静香は若いからわかないかも知れないけど…
日本は四つの四季があるでしょ?
お母さんは四季を大切にしているのよ。
お花が好きだから。
紅葉の季節も好きよ。春が一番好きだけどね。
ちゃんと花が咲いたり色とりどりが素敵な景色は、生きてるって素晴らしいって感じるものなのよ♪
お母さんがお墓に埋まっても、お花だけは絶やさないで欲しいわね。」
「みよばあ!みよばあがお墓に入るのは僕がおじいちゃんになってからだからね!」
「ふふふ。そうね。そうだったわね♪」
花を絶やさないで…なんて…
尚ちゃんと一緒になっても、毎週帰ってくるようじゃない。
お母さんって、変な言い方するわよね?
「それじゃ、帰りに緑化木センターに寄りましょう!
墓参りが済んだらドライブして、紅葉見て、食事してそれから緑化木センターに寄って帰るコースにしますね!」
「賛成~!」
静香と憲一が賛同した。
母親も終始笑顔だった。
最初のコメントを投稿しよう!