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584. 母親の試練の覚悟
病室に戻ると母親は静かにベッドに横になった。
看護師が
「関根さん?お昼と夕食は豪華版ですからね。
抗がん剤治療が始まると点滴の中も栄養分もありますので、少な目になりますからね。
副作用が始まると食べたくなるのも事実ですが、出された食事は頑張って召し上がってくださいね。
それが早く治る秘訣ですからね。」
母親は笑顔で頷いた。
「お義母さん。そろそろお昼になりますね。
俺達も病院の近くのレストランで食事してきますね。
その後、俺は母親と憲一を迎えに行きますからね。
ゆっくりしていてください。」
旦那の言葉にも母親は笑顔で頷いた。
「じゃあね。お母さん。食べ終わったらまた、来るね。」
その言葉に母親が、
「静香も一旦帰って洗濯物たたみとかお掃除とか花壇の水かけとかしてきてちょうだい。
お母さんは今日は何も無いから明日から1日コースはお願いするわ。」
笑顔の母親に安心した静香は
「わかったわ。そうするね。」
静香と旦那は母親に手を振って病院を後にした。
静香達はとりあえず歩いて近くのレストランで食事を済ませると、各々の車で帰宅した。
今日は天気も良く、少し風があったので洗濯物は乾いていた。
旦那は花壇の水撒きを済ませると、ガソリン入れと洗車に行ってくると言い、スタンドに出掛けて行った。
静香が金魚にエサを上げていると携帯のメールが鳴った。
飯田からだった。
『今、昼飯にありつけた所だ。どうだ?お袋さんの容体は?』
『うん。今日は何も無いの。明日からの抗がん剤治療が始まるの』
『そっか。俺の死んだお袋は乳癌だったけど、俺が3歳の時だったから記憶が無いからな。何のアドバイスも出来なくて悪いな。』
『ううん。こうやって尚ちゃんとメールで話せるから嬉しい』
『退院したら会おうな。お袋さんが早く元気になることを祈ってるよ』
『ありがとう』
『愛してるよ』
静香は最後のメールに心が熱くなった。
洗濯物をたたみながら、縁側の外の空を見上げた。
『尚ちゃんに会いたい』
身体が熱くなるのを感じた。
それは飯田も同じだった。
縁側にいた静香のところを旦那の車が駐車場に入ってきた。
「お母さん!ただいま~♪」
「静香さん。こんにちは♪」
「え?憲一と義母さんをよっちゃんが迎えに行ってくれたの?」
旦那が車から降りて来て
「俺の車で病院に行こう。静香も乗って!」
静香は急いで鍵を閉めると旦那の車に乗った。
「義則から聞いたけんど、白血病なんか?
なんでみよさんばかり神様はいじめるんだベ!」
義母の言葉が痛いほど静香の心に染みる言葉だった。
「よしばあ?神様は誰もいじめないよ!
人は誰も試練があるんだって!
与えられた試練に立ち向かうんだってみよばあが言ってたよ?」
憲一の言葉に3人は驚いた。
「え?お母さんが憲一にそんなこと話したの?」
「うん。昨日、花壇を作っていたときみよばあが言ってた。
ビオラや葉牡丹は今から寒くなるのに、冬の寒さに耐えて精一杯渇れずに華を咲かせて人間の目を楽しませてくれるんだよって。
冬に咲くビオラが好きなんだって。
みよばあは冬に生まれたから、ビオラと同じなんだって!
私も試練に立ち向かって生きるってみよばあが言ってたの。」
3人は母親の覚悟の入院だったことを知った。
「其れじゃ、みよさんは必ず治って退院するな!
みよさんはそんじゃそこらの人間と違うんだべな。」
考えてみれば、母親はいつも人の心配ばかりしていて自分の事は後回しにする人だった。
その母親が今回の入院は試練に立ち向かってての事だとわかって、本当は強い心の人間だと再認識した家族達だった。
義母と憲一がお見舞いに行くと、今日だけは満面の笑みで出迎えてくれた母親だった。
明日からの抗がん剤治療は、静香の想像以上に大変な母親との闘病生活になるのだった。
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