587. 五分五分

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587. 五分五分

母親は血の気が引いたような顔をして寝ていた。 夜中あまり寝てなかったのかも知れないと、静香は母親を寝かせておこうと思い、そっと膿盆を置いてナースステーションに向かった。 点滴をしていなかったからだ。 昨夜の様子を知りたかった。 「おはようございます。あの…」 ナースステーションの中は朝の仕事でてんてこ舞いのようだった。 静香の声が聞こえない位、忙しそうだった。 「あ。関根さんの娘さん?」 後ろから、知ってる看護師の声が聞こえた。 「あ。あの。母の点滴は… 抗がん剤治療は?」 振り向くと、いつもの看護師の顔だったから直ぐに質問した。 「先生が抗がん剤の内容を変えるって言ってました。 午後から2本になりますね。 手術したばかりでしたので、昨日の抗がん剤の薬は強かったようなので… 先生も関根さんの場合は試しながらの治療になるんですよ。」 看護師が母親は昨日の晩は何度も吐いたと言う。 だから、寝られなかったら、寝せておいてあげてと言われた。 検温の時間まで静香は下でコーヒーを飲む事にした。 売店で温かいコーヒーを買うと、近くのベンチに座った。 普通の抗がん剤より弱い薬を使うからって先生が言ってくれたのに… その弱い薬でも副作用が酷いなんて… お母さんに合う薬なんてあるのだろうか… 白血病って、抗がん剤治療しかないのかしら? ため息混じりにコーヒーを飲んだ。 すると、もう1つのベンチに座っていた年配者の男の人が 「真向かいの病室の身内に方かな? 昨日も見かけたね。身内の方の看病?」 と、静香に、声をかけてきた。 「あ。はい。母親が…急性白血病で入院していて…向かい側の部屋の患者さんですか?」 「俺は入院している女房の亭主だ。 始めは急性白血病って、診断されて入院したんだけどな… 今回は2回目だ。だから、慢性白血病に名前は変わったよ。」 そう言って、おじさんは苦笑いしていた。 「え?急性が慢性?」 「ああ。そうだ。抗がん剤で2週間入院して、白血球が元に戻ったから退院したんだよ。 でもな、一年経って、まためまいがするって言って検査したら、今度は慢性白血病ですねって言われてな。 急性白血病の完治は五分五分なんだってよ。 俺の女房は、完治出来なかった五分の方に入っちゃたんだよな。」 え?五分五分?完治100%じゃないの? 必ず治ると先生が言ってくれたのに? 「白血病ってな。厄介な病気なんだとさ。 なんかな、骨髄移植しないと駄目みたいでな。 順番待ちしている間に間に合わないかも知んないんだよ。 俺達には子供が居ないから、ドナー提供者が身内で居ないから… 女房と骨髄が合わないと移植出来ないらしい… 結構難しいようだよ。 一致するドナー提供者が現れないと…女房の命は2年しか無いんだ。」 おじさんの目から涙が流れた。 「あんたのお母さんは完治の五分に入るといいな。」 そう言うと、おじさんは重い腰を上げてベンチを後にした。 おじさんの肩を落とした後ろ姿をみていると、不安になった静香だった。 お母さん…意を決して治療受けたのに… 完治が50%なんて、聞いてないよ! こんなことお母さんには言えないよ! 静香はベンチから立ち上がることが出来ないくらいショックだった。 もしかしたら…病室の3人は… 急性から慢性になって…入院した人たちなのかしら? もし、そうならお願いだから、お母さんの耳に入れないで欲しい。 そうじゃなくても身体が衰弱しきっているのだから… これ以上メンタルまでやられたら… 完治できない五分に入ってしまうから! 静香は青い顔をして、塞ぎ込んでいた。 その時、携帯がポケットからブルブルと震えだした。 あ!尚ちゃんだ。 静香はベンチからすぐ近くの誰もいない非常口の扉の前に移動した。 『静香。おはよう!今から仕事なんだが声が聞きたくたさ。今、大丈夫か?』 静香の方が飯田の声が聞きたくて堪らなかったかもしれない。 「もしもし。尚ちゃん…」 飯田の声を聞くなり、静香は涙が溢れた。 『なんだ?静香?どうした?お袋さんに何かあったのか?』 静香の涙声に余暇ならぬ出来事があったことを察した。 静香は同じ白血病の家族を持つ人から五分五分と聞かされて途方に暮れていたことを話した。 『静香?お袋さんは完治に決まってるだろう? その良からぬ考えは無くせよ? 何でもそうだけど、勝つ事を考えるんだぞ! 試合でも負けるかも知れない!なんて考えのやつは負けるんだよ。 絶対に勝つって考えないとな。 人生は勝負だ。俺は静香と一緒になるって決めてるからな! お袋さんが白血病の治療に挑んだんだから、勝つ方に静香が腹決めないでどうする?』 飯田の言葉に、静香は我に返った。 「そうね。そうよね。悪い方ばかり考えて… 尚ちゃん!ありがとう!」 『うん。その声でお袋さんに完治する事だけ考えて看病しろよ。』 「うん!」 『静香は素直だから。そこが堪らなく好きなんだ』 「尚ちゃん…大好き」 『おれもだよ。愛してる』 電話が切る頃は静香は心が満たされて、笑顔の静香に戻れた。
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