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589. 入院して一週間が過ぎた
一週間経った。
母親は抗がん剤との戦いに挑んではいたが、身も心もくたくただった。
食べては吐きの繰り返しだったため、体は痩せ細っていった。
目の下もくまが出来て、白髪も目立ってきた。
病院に入院していると老け込むばかりだ。
母親は夜中でも嘔吐していたので
相部屋が堪えられなく個室に移った。
前回の癌手術と入院で郵便局の保険の他に、ガン保険にも加入していた為、結構保険金が出たのだった。
だから、個室に入ることにしたのだった。
今日は日曜日。
憲一を連れて旦那もお見舞いにやって来た。
「よっちゃん。遠いのに毎週憲一を連れて来てくれてありがとう。」
孫の前では母親は終始笑顔だった。
「みよばあ?痩せた?
なんか、手足が細くなったよね?
ちゃんと食べてるの?」
憲一の素直な問いに母親は苦笑いした。
「憲一?病気で入院しているんだから少し体重が落ちるのは当たり前なんだよ?
そんな言い方はおばあちゃんががっかりするよ?な?
もっと元気になるような言葉に変えないとね?」
正直な言葉も時には傷つけると知り、相手の気持ちを考えて話すようにと、憲一に教えていた。
さすがお父さんね。私なら頭ごなしに怒っていたわ。
静香も苦笑いして黙って聞いていた。
「みよばあ?ごめんね。
僕、みよばあに早く病気を治して帰ってきてもらいたいの。
みよばあが作った花壇を早く見せたいんだ♪」
「え?花壇?」
母親の顔が明るくなった。
「うん。僕ね。ちゃんと毎日花壇にお水あげてるの忘れてないからね。
あんまり土が水で流れるほどお水をやらないって約束は守っているからね。
よしばあが肥やしをくれたの。
それを蒔いたら凄く育ちがいいの♪
お花達が皆ニコニコして咲いてくれてるの♪
とっても綺麗に咲いているんだよ。
だから、退院したら家にはいる前に花壇をみてほしいんだ♪」
母親は笑顔で
「まあ。本当に?憲一はちゃんとお水をあげてくれてるのね?
よしさんが肥やしをくれたの?
ありがとう。みよばあ、早く病気を完治させて花壇を見たいわね♪」
「うん!それとね。金魚も元気にしてるよ。
僕がエサをあげようとすると近寄って来るの♪
可愛いんだよ。」
それを聞いて母親は目をキラキラさせながら憲一との話は途切れることはなかった。
旦那も憲一の頭を撫でながら終始笑顔だった。
憲一は湿った病室に咲くお花畑のような存在だった。
「ホント♪憲一は天使ね♪」
そして、母親は憲一をベットに座らせて憲一の頭を撫でた。
「みよばあが作ったお寿司食べたいなあ。
シャリがプロ並みで美味しいんだもん。
お母さんはシャリが握れないからちらし寿司作ってくれるけどさ。
シャリがべとべとして美味しく無いんだよ。」
「まあ!失礼ね!みよばあはお寿司屋に10年以上もいたからシャリの作り方も美味しいに決まってるでしょ!」
「え?みよばあは一度もシャリも作ったこと無いって言ってたよ?
お寿司は握らせてもくれなかったって。
見よう見まねでみよばあはお寿司を握って居るんだよ?
みよばあは15年お寿司屋の出前の配達専門だったんだよ?
お母さんは今いくつ?
みよばあのお寿司を作っているの見て30年以上は経ってるよね?
見よう見まねでお母さんだって出来るはずだよ?
お母さんは料理に興味がなかったからなんだと思うよ?
だって未だに鰹節で出汁取って無いじゃん?
市販の出汁の元じゃないの?
僕はみよばあの料理は美味しいからいつも作り方を見てるんだよ?
きっと今なら僕の方がシャリの作り方はお母さんより上手いと思うんだ!」
憲一の言葉に静香は反論出来なくなっていた。
確かに静香は母親の料理は美味しいと知りながら、母親に料理を教えてほしいとは思わなかったし、料理をあまりしないうちに結婚してしまったのは事実だ。
見よう見まねで料理は作るが、ほとんど自己流だし、出汁は全て市販のものだった。
「そうね。きっと憲一の方がお母さんより料理は上手ね。
みよばあの料理をいつも見てるものね。
憲一?早く大きくなってお母さんの代わりに料理を作ってちょうだいね?」
「わあー。お母さんの人におい被せる悪い癖が始まった〰️!
そうやって僕を台所に立たせたいんだよね?
お母さんはそうやって、手抜き母さんになって行くんだよね〰️。」
カチンと来た静香は
「全くもう~!」
「静香?ここは病室だよ?」
旦那が静香の肩をおさえた。
「お姉ちゃん!廊下に聞こえているよ?
いつもの全くもうが!」
病室に入って来たのは美咲だった。
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