593. 母親の結婚記念日

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593. 母親の結婚記念日

美咲と看護を交換する頃は母親の髪の毛はなくなっていた。 痩せて目がくぼんで全くの別人のような母親の姿に2人の娘は心の中ではショックだったが、退院すれば元通り戻ると信じて、笑顔で母親とは接していた。 「それじゃ、お姉ちゃん。今度会うときは家に行くわね。 退院祝いしなくちゃね。 お母さんをよろしくね。」 美咲は母親の手を握ると 「じゃあね。お母さん。早く退院してきてね♪」 母親は深く頷いた。 退院の日は決まっていた。 2週間後の土曜日だった。 普通の抗がん剤治療は2週間で終わるが、母親の場合は倍の時間がかかった。 1ヶ月に近くかかってしまうのだった。 「静香?会社は午後から毎日休めるの? お給料減っちゃうわね。 ごめんなさいね。静香ばかりに世話をかけてしまって… こういう時、お父さんが居てくれたらって思ってしまうわね。」 静香は横に頭を振った。 「大丈夫よ。会社には介護休暇って5日あってね。 5日しかないから半ドンの形になったの。 そうすると10日になるからお給料は減らないのよ。 それにね。一緒に働く事務員の川井さんが 午後は私に任せてって言ってくれたの。」 半分嘘で半分本当の事を言った。 後で他人に娘の休暇の事を聞かれても、介護休暇があるからって母親が言ってくれた方がめんどくさくなくていいからだ。 「介護休暇…そうなの?そんな休暇が今はあるのね…それなら良かったわ…」 そう言うと、母親は安心したように眠りについた。 今日は日曜日。 旦那から憲一を連れて病院に行くとのメールがあった。 静香は昨日の夜、みよばあの髪の毛の話をちゃんとしておいた。 みよばあから話が出ない限り、髪の毛の話はタブーだからと伝えておいた。 今日はシャワーをしてくれる日だ。 母親は看護師に車椅子でシャワー室に向かった。 「娘さんは着替えさせる頃、シャワールームに来てくださいね。」 だいたい15分後だ。 「はい。わかりました。」 母親は今日はパジャマではなく、普段着に着替えたかったようだ。 憲一が来るから少しでも元気になった姿を見せたいと言っていた。 その事も旦那にはメールで伝えておいた。 静香は明るい色の普段着を持って来ていた。 母親が憲一と一緒にイオンモールに行ったときに選んで買った服だからだ。 孫の憲一が来る日は特別の日のようだ。 まるで恋人と会うような気持ちでいる。 本当に憲一を生んで良かったと思った静香だった。 10時過ぎに憲一達はやって来た。 恐る恐る憲一は病室のドアを開けた。 「あれ?みよばあ?今日退院するの?」 パジャマ姿を想像していた憲一はみよばあの格好に驚いた。 「フフフ。退院のリハーサルよ。 この服覚えてる?初めてお披露目するんだけど…」 「うん!覚えてるよ♪ 僕の服を買ってくれるのに一緒にイオンモールに行ったとき、みよばあの服屋さんで僕が選んだ服だもん♪」 「覚えていてくれたのね? そうよ。 オレンジ色のカーディガンがちょっとみよばあには派手な気がしたけど…」 オレンジ色のカーディガンの下は紺のブラウスとズボンだ。 ワンポイント的に黄色とオレンジ色のバラの刺繍が上下の服にあり、とてもエレガンスなふくだった。 「とっても似合ってますよ。お義母さん。 憲一のセンスは大したもんだな?」 旦那が憲一の頭を擦った。 母親も満面の笑みでベットに座っていた。 「静香?買ってきたケーキを皆でランチルームに行って食べましょ♪」 静香は冷蔵庫からケーキの入った箱を取り出した。 「今日はなんの日が知ってる?」 静香は旦那と憲一に尋ねた。 「えっと。みよばあの誕生日じゃないよね? お母さんでもお父さんでも美咲お姉ちゃんの誕生日でも無いし…」 憲一の頭ははてなマークでいっぱいだった。 「フフフ。わかるわけ無いわ。 だって、みよばあと天国のおじいちゃんとの結婚記念日だもの(笑)」 「え?結婚記念日?みよばあとおじいちゃんの?」 「そうよ。この頃ね。おじいちゃんの夢を見るのよ。 いつもね。みよばあを励ましてくれる夢なの。 憲一がここにいるのも、みよばあがおじいちゃんと結婚したからで。 静香を生んだからよっちゃんと結婚したのよね? だから、皆でお祝いよ♪ こうして命を助けてくれるのもおじいちゃんが守ってくれてると思ってるの。」 「そうだね。守護霊は弱った人のところについていてくれるんだよね? 僕が大変な時はちゃんと守護霊のおじいちゃんはついていてくれるもの!」 去年、守護霊の話をした時におじいちゃんは家族皆を守ってくれる話をした。 そんな話で盛り上がり、ランチルームでケーキを食べた。
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