594. 病院の帰り道

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594. 病院の帰り道

憲一と旦那がお昼に帰ると、母親はパジャマに着替えて昼食を少し食べた。 「ケーキを食べたから、もう要らないわ。 憲一が帰ってしまうと静かで寂しいわね…」 今から、抗がん剤治療が始まると思うと母親のさっきの笑顔は消えていた。 一時の幸せは終わってしまった。 もう一度、来週憲一達が来る。 その時を楽しみに抗がん剤を我慢して治療を続ける母だった。 嘔吐し始めるのは夕方頃だ。 抗がん剤が終わる頃…いつもそうなのだ。 だから、夕飯は食べない。 栄養剤のゼリーを少し飲むだけだ。 点滴に1日の栄養剤は入っているらしいが、やはり食べて栄養を取った方が断然体にはいい。 3週間でこんなに痩けて… 静香は痩せ細った母親の背中を擦りながら涙した。 「これが終わったら…退院したら元に戻るのよね?」 母親が私に確認するように背中を丸めて小さな声で聞いた。 「そうよ。先生が絶対治るからって言われて抗がん剤治療してるんだもの! 今は副作用で吐き気があるだけで、終わったら退院って決まってるんだから、今だけの辛抱よ?ね。お母さん? 辛いけど後10日くらいよ? そしたら退院!二度と入院しないから! 家に帰ったら好きなことしてね? 花壇も金魚も待ってるわよ? 憲一と美咲が首を長くしてまってるから! ね?」 背中を擦る手に力が入る静香だった。 母親の頷きが嘔吐しながらだったから、静香も辛くて泣いた。 少し、落ち着くと 「静香?そろそろ帰らないと… 私はもう、大丈夫だから… よっちゃんも来てるんだから… 憲一が待ってるわ。」 時計を見ると8時近かった。 消灯は9時。その前に家族も帰らなければならない。 「うん。わかったわ。帰るね。憲一も明日は学校だから! また、明日も午後から来るね。」 母親は静かに頷いた。 静香は洗濯物を手に持つと、綺麗に洗った脳盆を母親のベットの枕元に置いて部屋を出た。 旦那はとっくに社宅に戻っていた。 憲一をよしばあに預けると社宅に戻るとメールがあったのだ。 旦那も今月は会社が忙しくて、本当は戻れないところを朝早く社宅を出て、憲一を連れて来てくれるのだ。 その事は旦那には感謝していた。 退院する前日は金曜日だが、休暇を取ってくれる。 布団も干してくれるのだ。 前日は晴れることを願う静香だった。 一人家族に入院患者が居ると、いつもと違うスケジュールになる。 それぞれみんな大変だけど、家族だから頑張れるのだ。 家族の絆が母親のお陰で強くはなるが、飯田の事を考えるとため息しか出ない静香だった。 車に乗り、もう少しで旦那の実家に着く時に携帯のベルが鳴った。 『チーフ』の文字が浮かんでいた。 チーフとは飯田の事だった。 「あ!尚ちゃん?」 急いで車を路肩に止めると静香は携帯を出た。 『今、大丈夫か?静香の声が聞きたくて電話した』 そんな事を電話口で言われると、静香の胸が熱くなるのを覚えた。 「うん。憲一を迎えにもう少しで旦那の実家に着くところ。」 『え?まだ、家に帰って無かったのか?』 「うん…母親の嘔吐が酷くて… 落ち着くまで背中を擦っていたら今になっちゃたの。」 『そっか。抗がん剤の副作用ってそんなに酷いのか? 俺の死んだお袋もそうだったのかな。 俺は小さいから何にも知らなかったけどな… 静香?看病に明け暮れて体を壊すなよな? まだ続くのか?抗がん剤治療…』 「抗がん剤の副作用は人それぞれみたい。 嘔吐するほどでもない人も居るの。 母親は癌を患ったばかりだから、人より副作用が強く出るのかも知れないわね… 私は大丈夫よ。憲一がいるから、かえっていいのかも知れない。 家に帰れば自分自身が母親になるから。 心の切り替えが出来るから体が動いてくれるわ(笑)」 静香の優しい声に安堵した飯田は 『良かった。静香がそうやって優しい声で話してくれると俺まで心が和むよ。 静香は、お袋さんの前では子供になり、憲一の前では母親になり、旦那の前では妻になり、俺の前では恋人になるんだもんな。 ベッドの上では色っぽい女になるしな♪ ホント!なでしこ七変化だな! ああー。静香のベッドの七変化の顔が浮かんだらオナニーしたくなったよ』 「もう!尚ちゃんったら!」 『静香も自分のおっぱい触れよ。 なあ。電話でセックスしよう。 俺…溜まっちゃって… 前にもテレホンセックスしたことあったろ? あん時の静香はエロくて最高だったよ?』 そんな話をされて思い出し、静香も下着が濡れたのを感じた。
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