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607. 自問自答
静香は布団から出ると、台所に向かった。
2人分の水を持ってきたのだった。
「サンキュー」
飯田はペットボトルの水をゴクゴクと飲んだ。
静香はコップの水を飲み干した。
「こっちにおいで。近くで話そう」
飯田はそう言うと腕を伸ばした。
「腕枕してくれるの?」
静香は嬉しそうに微笑み、飯田の胸に抱かれた。
「さっきの話の続きしてくれるの?」
静香が一番聞きたかったことだった。
それを悟っていた飯田はコクリと頷いた。
「親方がさ。親父が亡くなるとき色々心配してくれてな。
母親がママ母と言うことは、言っていたから…そしたら、親方も同じような境遇って聞いてさ。
でも、母親には世話になったからお互い感謝しないとなって言ってくれて。
そして、今後の親方の夢を聞かされたってわけさ。
俺を本当の息子のように思ってるって。
親父さんが死んでも、俺が居るからって。
ガァムで成功したら、ハワイに行ってくれないか?
って。もし、ハワイに、行くときは彼女と一緒に行っていいからって。」
静香は飯田の顔をまじまじと見た。
「俺は静香の話なんて親方には言ってないよ?
だけど、彼女が居ると言うことは薄々わかっているようでさ。
まあ、大人の男の感って言うか。
事情有りの恋愛なんだろうとバレてるのかな?」
「まあさ。成功したらの話なんだよ。
計画はガァムの店を開店するのが2年後だからさ。
向こうで2年間やるわけだ。
だから、静香をつれてハワイに行くのは4年後だ。
憲一が中学一年だな。
お袋さんも病気も回復しているだろう?
どうだ?
本当に俺は静香をハワイに連れて行く覚悟は出来てる!
ついてきてくれるよな?」
静香は一瞬返事を躊躇った。
言葉では、何も言えなかったが頷くことはできた。
そうよね。
尚ちゃんと一緒になるって言っておいてわからないなんて言えないよ!
ただ、出ていく時の憲一の顔と言葉が想像できるから…。
そして、何よりも母親の老後が心配になってる静香だけに、覚悟がまだできていなかったのは事実だった。
何が幸せで、何が不幸なのか…。
遠いハワイで静香は、本当に幸せになれるのか?
飯田との何もかも新しい生活に慣れるのか?
誰も頼る人がいないハワイで耐えられるのだろうか?
もしかしたら、憲一と母親の事が心配で飯田とうまくやっていけるのだろうか?
できないかも知れない。
そんな不安が静香の頭に過る。
私はなんて優柔不断な女なんだろう…。
静香は一人心の中で呟いた。
飯田は頷く静香を見て安心したかのように、布団から出て着替え始めた。
「静香の気持ちも聞けたから、そろそろ帰るな?」
静香も急いでパジャマの上にカーディガンを羽織る。
忍び足で二人は玄関まで歩くと、飯田は静香にフレンチ・キスをすると帰って行った。
飯田は晴れ晴れとした気持ちのまま、大洗に向かって行った。
静香は考えれば考えるほど、心が沈んて行った。
喜んで飯田とハワイなんて行けない。
全てを捨ててハワイなんて…。
ガァムだって遠いのに…。
ましてやハワイなんて…。
行ったら帰ってこられないし、家族を捨てた裏切り者のレッテルを貼られるなんて…。
後悔するかも知れない…。
はじめから後悔なんて言葉が出てくるなんて…。
尚ちゃんの事が本当に好きなの?
本当に愛しているの?
静香はその夜は一人で自問自答して、全く眠れないでいた。
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