283人が本棚に入れています
本棚に追加
609. 母親の退院
今日は日曜日。晴天だった。家族の布団も全部干した。
今日はいよいよ母親が退院する日だ。
「憲一?そろそろみよばあの病院に行く時間よ?」
返事もしないで、朝のアニメのテレビを夢中で見ていた憲一だった。
「うん。わかってる!あと5分で終わるから!」
振り向きもしないで夢中で見ていたのはテレビアニメの『ゲゲゲの鬼太郎』だった。
小さい頃、静香が見ていたアニメのゲゲゲの鬼太郎とは全く違って、綺麗で鬼太郎も少しイケメンになっていた。
「お母さんは車にエンジンかけておくからね。早く来てね!」
「うん!」
静香の方など見向きもしないで、返事だけした憲一だった。
今日は日曜日空手道場も休んだ憲一は、久しぶりに見るテレビに興奮していた。
「そっか。憲一は日曜日は朝早くから空手道場に行ってたから、日曜日のアニメ見るのは久しぶりなんだ。まあ、10時過ぎまでに着けば旦那も病院に着く頃だろうから…。」
静香は独り言を言いながら車のエンジンをかけた。
玄関から勢いよく出て来た憲一が
「お母さん!テレビ終わった!
お父さんからポケベルからメールが入ったよ!
後30分で病院に着くって!」
静香の車の窓から話しかけてきた。
「ほら!お父さんの方が早く着いてしまうじゃない!
鍵閉めた?行くわよ!早く乗りなさいよ!」
「うん!鍵閉めたよ!出発進行!」
何が出発進行よ!憲一のせいで遅くなったんじゃない!
病院に行く前にまた子供と喧嘩しては大人げないと思い、静香は口を尖らせて車のエンジンをかけた。
「きっと、お父さんと同じくらいに着くかもね!」
車に付いている時計を見ながら憲一に話した。
「うん!そうだね。良かった!」
久しぶりに会う父親とよしばあに憲一の顔は笑顔だった。
朝から喧嘩しなくて良かったと静香は思った。
病院の駐車場に、着くと第一駐車場は満車だった。
第二駐車場に向かった時、憲一が
「あ!お父さんの車だ!まだ、お父さん車にいるよ!お母さん?止まって!」
静香が車を停めると憲一は父親の車の方に向かって走っていった。
笑顔いっぱいに父親に向かって走る姿に、静香は胸が苦しくなった。
私は憲一の笑顔を取ってしまう悪い母親なんだわ…。
そう思うと…。
飯田と息子を天秤にかけると、やっぱり息子の方が大事になって重くのしかかる気持ちに苛まれた。
静香の車も第二駐車場の旦那の車の目の前に停めることができた。
「よう!静香。元気だった?
お義母さんはどうだ?3週間ぶりだね。
悪かったな。来れなくて…。」
そんなこと思わなくていいよ!
「うん。仕事なんだかそんなこと言わなくていいわよ。
お母さんも元気になったわ。よっちゃんが来てくれてお母さんも嬉しいと思うわ。
きっとおしゃれして待ってるわ!」
静香はあつらえたカツラと秋用の洋服を着て、化粧して待ってると思っていたから、そう言った。
今日は孫とその父親も来るから、喜んでいるはずだからだ。
3人は病室の前でノックをした。
「お母さん?入るわよ?」
「はい!どうぞ?」
明るい声だった。
ドアを開けると母親がベッドに座って待っていた。
「あれ?みよばあ?髪の毛いつ生えたの?」
母親は照れ笑いしながら
「今日生えたのよ?不思議ねぇ。」
憲一はまじまじと髪の毛を見た。
カツラだとわかったが、憲一は
「そうなんだ。みよばあ?入院する時より綺麗だね。」
憲一の言葉に静香もびっくりした。
いつの間にか女性に対してそんなふうに語ることができるようになったのか。
みよばあも旦那も顔を見合わせて笑ってしまった。
静香は看護師に食事の件で話があると部屋を出た。
旦那と憲一のお陰で母親の笑い声が聞こえた。
娘の前ではあんなに笑うことはないから、ちょっとヤキモチを焼く静香だった。
帰りの車の中は憲一がいたおかげで、母親の笑顔は絶えなかった。
家に戻るとよしばあが作ってきてくれたおかずを温めて野菜をおひたしにして、4人で食べた。
久しぶりに家族が揃って食べられる食事に、母親は満足そうに涙を浮かべながら笑顔で食べていた。
この笑顔を壊すのは私だ…。
また、罪悪感で一杯になる静香だった。
最初のコメントを投稿しよう!