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なのに、なのに──…
たった一度きり、もう二度と巡ってこないかもしれないチャンスを掴み取り、遠くからただ見ていることしかできなかった憧れの人に、抱いてもらえた…幸せ。
もしあの時足を止め、剛と言葉を交わさなかったら、その幸せを実感することもなかったはずなのに、たった一度抱き合えたその幸せだけでは足りずに――恋に、落ちてしまった。
…だけど。
恋した人の心は、そんな淳也の想いと、寄り添うことはなかった。
同じビル、同じ会社にいながら違う業務に従事しているその距離と同じ分だけ、心は離れたままだ。
だけどそれは、剛と抱き合う前、半ば捨て鉢な態度で剛を誘ったあの時点で気がついていたことでもあり、どれほど深く剛を想おうとも、叶う見込みなど端からないものだと理解すべき感情でもあった。
──…引く手数多な浮き名を流す、剛。
だから、何を期待したって意味はない。
そんな巡り合わせなのだと、分かっていたはずなのに──…
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