第一章 青天の霹靂 その2

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第一章 青天の霹靂 その2

「九州の片田舎で美容師をやらせるには惜しい子なんだよ。」 と、奥井先生は亀井先生に言う。 やはりアキヒトの見込み通り、大迫には期待がかかっていそうだった。 「東京は遠いけど、大阪なら日帰りでもなんとか往復できる距離だし 一年、 無理なら半年でもいいから、 亀井君の下で勉強させてやりたいんだよね。」 技術なら奥井先生も持っているだろうに よほど亀井先生を買っているのだろうと思う。 だがこいつは陰で亀井先生の悪口を吹き込むような男だ。 きっと先生がスッパリと断るだろうと思い、 アキヒトは静観していた。 「本人は来たがってるんですか?」 亀井先生は、大迫を見ながら言う。 彼と目が合うと、大迫は石のように固まってしまった。 “メデューサじゃないっつーの。” 「うちはやる気のない人間はいりません。 たとえ奥井先生の紹介であってもね。」 厳しい言葉だが、当然だ。 うちの店は給料も雇用条件も良いし、 技術的な面でも働きたいと思う人間は多い。 幸い大迫に関して言えば、見た目は悪くない。 なので、第一条件はクリアできそうだが そもそもコイツは亀井先生のことが嫌いなはずである。 おおかた奥井先生に言われて、 しぶしぶ大阪に連れてこられたんだろう。 と、考えていたのだが…… 「やる気なら、あります。」 大迫の口から出た言葉に、アキヒトはびっくりしていた。 想像以上に力強い言葉だった。 亀井先生も、一瞬その空気に飲まれてひるんだように見える。 「亀井先生の下で、修行させてください。」 彼はそう言って頭を下げる。 こいつが人に頭を下げるところを見たのは、初めてだ。 「と、いうことだ。ここはひとつ給料は僕が持つから ここで働かせてやってくれないか?」 お世話になった人にそこまで言われては、 断りにくいようで、亀井先生は 「考えてみます。」と ひとこと言って、黙り込んだ。
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