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佐吉
内藤が帰ってから庭との境の障子をあける。
「猿吉、いや、佐吉じゃな。」
ごそごそと縁の下から出てきたのは毛皮をまとっている小さな子供だった。猿と言われればサルにも見える姿。ここに来たばかりのころ、木から落ちてけがをして庭の端でうずくまっているのを手当てしてやって以来、時々やってくる山の民の子供だ。
「わたしは城から来たもの以外の人と話してはならぬといわれておるゆえ、人とは話せぬがサルが相手なれば独り言も同じことじゃ。今日はどんな話をしようかのぉ。おお、これはきれいな花じゃ。私にくれるのか。」
佐吉がそっと差し出したのは明るい橙色のユリだった。絵島の喜ぶ顔を見て佐吉も嬉しそうに笑う。
「そなたは優しいのぉ。この花の礼に何かしてやりたいが、あいにくと何もしてやれぬ。」
絵島がため息をつくと、佐吉が懐からなにやら本のようなものを出してきた。
「これ・・・」
「おお、これを読めと。ふむ、これは御伽草子じゃな。絵も描いてある。ではこれを読んで進ぜよう。こちらにおいで。」
軒下の縁側に行き、並んで腰かけるようにして本を読みだす。猟師に親ざるを撃たれた子ザルたちが、親ざるの死骸を持って行った猟師の家に行き親の亡骸を温めるように縋りついている様子を見て、猟師が親ざるを撃ってしまって悪かったと謝る話だったが、最後のところに1枚の紙が折りたたまれて挟んであった。
「これはなんであろうな・・・。」
開いてさっと目を通すと、このあたりの山の民の頭領といわれる長藤宗衛門(おさふじ・そうえもん)からの書状であった。
『この佐吉は自分が撃ち落としたサルが抱えてた白い布の中に入っていた子供である。大変上等の布にくるまれていたので、きっと名のある方の子供に違いないと思ったのだが、どこからも子供がいなくなったという身分の高い方の話が聞こえてこないので、ずっと預かって育てている。山の民は里の民とは違うつてがあるので、いろいろと調べてはいるのだがいまだにわからない。このような書状を差し上げるご無礼は重々承知のうえ、なにとぞお力をお貸しいただけないものか。』
そんなようなことが、したためられていた。
「これは、困ったのぉ。私にはそのような調べ事などできぬ身。それに、このまま私がこの書状を持っていることもできぬし。かといって、このまま持って帰らせれば、私が読んだか分からぬであろう。おお、そうじゃ。あれを使うかの。」
先ほど佐吉の持ってきたユリの花の雄蕊を指でつまんで、その指で書状を触ると花粉が指の形について、血判のようになった。
「さあ、帰るが良い。長藤宗衛門様に、よしなにな。なかなか頭の切れるご仁のようじゃ。ユリの花を持たせたのも、宗衛門様であろう。」
佐吉はニッコリとうなずくと、本物のサルにも劣らぬ素早さでさっと垣根を越えて崖に身を躍らせていった。
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