このBEATに乗せて

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「ただいまー」 俺は怜くんの家に居候している。 九州からこの関西の土地に来て、一年以上が過ぎた。 そろそろ自分の部屋を借りようと思ってはいるけど、曲作りで一緒にいる事が多いから、なかなかこの部屋を出られずにいる。 なにより居心地がいいってのも事実だ。 「輝人お帰り 早かったやん」 「怜くん先に帰らんくてもよかったやろ」 舞衣ちゃんと上手く喋れなかった苛立ちを、怜くんにぶつけてしまう子供っぽい自分が情けない。 「なんか機嫌悪いな」 「別にそんなことないっちゃよ」 そう言いながら顎に力が入っているのが自分でもわかる。 「曲仕上げてくる」 これ以上怜くんに八つ当たりしたくなくて、とにかく早くひとりになりたくて、部屋に逃げ込んだ。 「はぁ」 今日、何度目の溜息なんだろう… 新曲を仕上げなきゃならないのに、そんな気分になれなくて、傍らに立て掛けてあるギターをジャランと鳴らす。 気分が沈んでいる時、どうしてこうも悲しい音がするんだろう。 アルペジオから始まる曲を奏でる。 旋律が導くみたいに指が勝手に動く。 それくらい、最近この曲ばかり弾いている。 舞衣ちゃんをイメージして作った曲だ。 目を閉じると笑顔が浮かぶ。 膨れる気持ちを、いつまで抑えきれるだろう。 気持ちが落ち着くまで、何度もこの曲を弾いた。 力が入りすぎて指が痛くなった。 「はぁ」なにやってるんだろう… 我に帰って冷静さを取り戻した今なら、新曲と向き合えるような気がした。 今日中に新曲を仕上げる事は、怜くんとの約束だ。 恋に溺れていてはいけないと、暫く気持ちに蓋をして曲作りに集中する。
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