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公衆衛生技術
拙作『新型肺炎と政策』を書いていて、気づいたことがあります。
同作では今回の流行に際し、様々な政策の連携が必要であると再確認しましたが、
政策にはまた、多様な技術と助け合っているところもあります。
そうした助け合いについて考えていたところ、この互助経路には、
これまでに挙げた以外のものもあるのではないか? と思いました。
今回、特に取り上げたいのは、公衆衛生についての技術です。
1 技術と政策
技術と政策は、文明の二本柱です。
文明活動の本体は、全ての人々が営む経済・社会活動であり、
科学・技術はそれを豊かにするため、
制度・政策はそれを健全に保つために分業化した活動とすると、
両者にはそれぞれ、図のような4つの経路が考えられます。
直接的に、大きく社会に働きかける直接経路として、
農業、工業(動力機関)、情報(電算機)など主力(核心)技術と、
産業、金融、公的保険、福祉など経済・社会政策。
物的資源・人的資源という必要条件を整備する間接経路として、
土木、化学、通信、ロボットなど関連(周辺)技術と、
教育、保健(公衆衛生)など人的資源政策。
広い意味では経済・社会活動の一部である、自身を助ける自助経路として、
科学・技術自身の生産性を高める研究・開発技術と、
制度・政策自身の健全性を保つ行政管理政策。
広い意味では経済・社会活動の一部である、互いを助ける互助経路として、
科学・技術の健全な開発・普及を助ける技術的(いわゆるハード的)政策と、
制度・政策の立案・実施の生産性を高める社会工学的技術です。
2 技術的政策と社会工学的技術
4番目の互助経路である、技術的政策と社会工学的技術はさらに、
相手方のどの経路を助けるかによって、3つに分かれます。
直接経路である主力(核心)技術と経済・社会政策を助けるのは、
環境、防災、防犯に関する市民の組織や啓発に関する社会工学的政策と、
公益事業運営や企業状況把握に役立つ組織・会計技術。
これは、大きな経済・社会活動を相手にする相方を助けるために、
自らもまた一緒になって大きな経済・社会活動に働きかける、
いわば広域支援経路です。
間接経路である関連(周辺)技術と人的資源政策を助けるのは、
道路や港湾のような大規模施設に関する社会基盤政策と、
家庭や企業では教えきれない公教育のための教育技術。
これは、相方が必要品を経済市場や社会的互助から調達しきれぬ部分を助ける、
いわば部分支援経路です。
自助経路である研究・開発技術と行政管理政策を助けるのは、
科学研究・技術開発の健全な推進を助ける研究・開発政策と、
政府の内部活動の効率性を高める企画支援技術。
これは、相方が持つ公共性や権力性という特殊性に応じて直接的に助ける、
いわば特注支援経路です。
3 互助経路の範囲
疑問が生じたのは互助経路の中でも部分的支援経路にあたる、
社会基盤政策と教育技術です。
なぜ、物的資源を生み出す関連(周辺)技術を助ける政策は、
主に大規模な固定施設を整備する社会基盤政策だけなのか?
なぜ、人的資源を確保する人的資源政策を助ける技術は、
知的活動の能力を確保する教育だけなのか?
これまでは、こう思っていました。
高速道路は簡単に作れないし、勝手に作られても困るが、
自動車のエアバッグまで政府が作る必要はない。
社会のための教育は家庭や企業では行いきれないし、勝手に行われても困るが、
病気になったら普通は誰でも自分で治すか、お医者さんに行くでしょう、と。
ただし、国防のための兵器を社会基盤と言うことがあり、
保健所や公立病院というものもあります。
それについては、動産も高価なら社会基盤に含まれるとか、
通常の医療・衛生技術は自然科学的な技術であり、
保健所の主な仕事は教育技術による保健指導・啓発、
公立病院は産業政策の補完や研究・開発政策の一環と説明できる、
などと思っていました。
しかし、今回の新型肺炎の流行対策に当たって、
医療機関や市民へのマスク配布が行われたり、
入国者停留(水際阻止)や検査の実施(研究・治療)、
学校休止、集会や交通の制限(拡大制御)が争われたり
するのを見て、思ったのです。
関連(周辺)技術を助ける政策として、社会基盤政策だけでなく、
配給のような、いわば公的供給政策も含めた方がよいのではないか?
人的資源政策を助ける技術として、教育政策だけでなく、
公衆衛生技術というのもあったのではないか?
まず、後者についてみると、WHOの定義によれば、公衆衛生とは
地域社会の組織的努力により健康増進を図る科学であり、技術です。
ゆえに公衆衛生技術は、疾病という自然科学的対象だけでなく、
疾病対策活動という社会科学的な対象も扱う、社会工学的技術です。
これまで考えを誤っていた理由として、
政策への理解に直接影響する教育は、いうまでもなく公共的な性質を持ちますが、
先述のように、医療・衛生技術は自然科学的な技術であって、
保健政策といっても教育技術による指導の部分が大きく、
医療政策といえば保険・産業政策である、という先入観があったからだと思います。
しかし、今回の流行でも明らかとなったように〝公衆〟衛生活動となると、
極めて政策的に調整すべき、人々の利害に直結する社会的な営みです。
検査は当然不可欠だが、検査ばかりで治療しきれなくなったら大変。
入国時停留といっても、その施設や施設内環境をどう確保する?
集会・移動制限といっても、人々の経済活動や国家事業への影響は?
検査・予防・治療に必要なものの生産や分配はどうする……?
健康は様々な知的活動の基礎となり、最も重要な〝財産〟でもあるので、
公害病、生活習慣病、在来型・新型の食中毒や呼吸器感染症など、
病気の発生原因・感染経路や症状の種類、危険性などにより、
社会としてどのような調査・予防・治療対策をとるかは大きな政策問題です。
ましてやそれらを専門的に考える公衆衛生学という学問分野まであるのに、
その成果を技術と政策の相互支援といわずして、一体何を相互支援と言うのか?
こうした大事なことを見落としていたのは、大変に申し訳ありません。
特に今回の新型肺炎の特徴は、①流行りやすい、②紛らわしい
(インフルエンザや風邪と、感染経路や症状が似ている)、
③(心理的に)恐ろしい
(潜伏期間が長く、無症状や軽症もあるが判明したものの症状は長引く。
インフルエンザよりは重症化率が高く、重症化すると大変)、
そして以上から何よりも、④(社会的影響が)悩ましい
(医療資源への負担が増え、重症者の治療や経済・社会活動に困難を来たす)
ということで、まさに公衆衛生技術の助けが必要となるものでした。
逆に言えばそれゆえに、この技術の大切さが分かりました。
他方で前者、すなわちマスクの配布などについては、
社会基盤政策あるいはそれと並ぶ公的供給政策というより、
単に行政協力組織(医療機関)への必要品供給という行政管理政策や、
必要物資が手に入らない人々への社会政策、
あるいは衛生配慮促進のための社会工学的政策といえるのではないでしょうか。
今では社会基盤建設も民間資本で行おうという時代に、
安価な物品の供給を行うための政策分類は、好ましくないとも感じます。
ただし、今後もどのように社会が変化するかは分からず、
特別な公的必要から来る物品供給の必要ができないとも限りません。
まして、今回のような失敗もある素人文明論の説明においては、
くれぐれも決めつけをしないよう、気をつけたいと思います。
しかし、我田引水のようになりますが、以上のような〝文明の星〟理論(仮説)は、
〝お役立ち〟の考え方だと思います。
この理論は、生物が生きるとは生きるとはどういうことか、
特に人類はどのように発展してきたのか、といった基礎的な事実に基づいて、
人類の発展を可能にした文明は、どのような経過を経てきたのか、
現在どのような段階にあり、今後どうなっていくと予想されるのかなどを、
3つの文明活動と3つの環境要因から、論理的に分析したものであり、
現実の技術や政策の歴史との整合性も、確認しながら考えたものです。
つまりは基礎的な事実を、論理的に積み重ねた理論であり、
現実との整合性を誰にでも検証できる、便利な思考道具です。
ぜひともこの考えが社会の中で広まり、役立てていただけたらと願っています。
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