<1・香鈴、参ル>

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<1・香鈴、参ル>

 没落貴族の娘である香鈴(コウリン)が、時の帝である“第十五代・紅帝(コウテイ)”の女官として仕えることを許される。それが極めて名誉であることに、間違いはなかった。  それなりに高い身分の娘しか側仕えを許さなかった歴代“紅の国”の皇帝と違い、今の帝は貧しい家柄の娘や農家の娘であっても能力と気品があれば差別することなく採用してくれることでも知られている。特に、“美しい”ものが彼は好きだった。面接の場で舞を披露したことが良かったのだな、と香鈴は理解する。 「とても名誉なことだわ、香鈴。帝は、高いお給金もお約束してくださったし……これで、弟達を食べらせてあげることができる」  母は涙ながらに、このために誂えた唯一の赤い着物の帯を結びながら、香鈴にそう告げた。 「でも、本当に申し訳ないとも思っているの。この家で一番聡明で美しい貴女を、帝に売ってしまったようなものだから。貴女にも、なりたい夢や希望はいくらでもあったでしょうに」 「気にすることはありません、母上。私は大丈夫です」  悦びと罪悪感。それらが綯い交ぜになった母の感情を、香鈴は正しく理解していた。没落貴族である我が家の財政は悲しいほどに逼迫している。それこそ、四人もいる子供達の中から誰かしら奉公に出さなければ立ち行かなくなることは目に見えていた。それが、まさかの帝に仕える女官として働くことができるだなんて、まさに夢のような話だと言っていい。他の貴族のところに仕えるよりよほど安定した収入が見込めるのは間違いなく、場合によっては帝に見初められてそのまま側室に、なんて道が開かれることもあるからだ。  とはいえ、香鈴が考えていたことは、そのような名誉や家が潤うことの安堵感とは少し違っていた。自分が面接の場で舞を披露し、帝を少しばかり楽しませた結果採用が決まったこの状況。大きな運命に導かれているとしか思えなかったからである。  この紅の国では極めて珍しい、青い瞳を持つ娘。あとは少しばかり学があり、少しばかり体力に自信があるばかりの娘でしかない香鈴には、ある大きな秘密があるのだった。それは、父母や兄弟達でさえ知らぬことである。語ったところで誰も信じることはあるまい、と香鈴自身が思っているというのが最大の理由であったが。 ――もし、運命が私を宮廷に呼んだのならば。  母に慰めの言葉をかけながら、香鈴は思う。 ――あの方も、必ずいるはずだ。運命に導かれた先……私とあの方は、必ず巡り合うと定めで決まっているのだから。私が男であっても女であっても……あの方が男であっても女であっても。そして、私達が……結ばれることはないのだとしても。  香鈴の秘密、それは。  香鈴には前世の記憶がある――ということだった。
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