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「よしよし。緊張しなくていいぞ。私もな、姉のように慕う方にはよくこうやってあやされ、落ち着かせて貰っていたものなのだ。人間は、人のぬくもりで安堵する生き物だと聞くぞ。私の声は女としては少し低いようだし、人の緊張をほぐすのに丁度良いと思うんだが……どうだろうか」
声。言われてみれば、そうだ――と香鈴は思う。
今の女性である藍蘭と、男性であったクシルでは。当然声の高さに違いはあるのだ。あるはずなのだが。――そのトーンや喋り方は、本当にそっくりなのである。下のクシルの声を少し高くすれば、丁度今の藍蘭の声になるのだろうということがはっきりと分かるほどに。
ああ、と。優しい手に、思わず涙が滲みそうになる。
――クシルだ。やっぱりこの人が、クシルなんだ。
また、出会うことができた。恐ろしい運命であっても、どのような世界であっても――必ず自分達は巡り会うことができる。その一点のみ、この地獄を作った者に感謝せねばなるまい。
今度こそ、この愛しい人を守らねば。香鈴は、心の底から誓う。例え藍蘭が、クシルとしての記憶を一切引き継いでいないことを知っていたとしても、だ。
「藍蘭様、それくらいにしてくださいまし。香鈴も困っているじゃありませんか」
やがて。少しばかり嫉妬を含んだ鳴沙の声が降って来る。
「それに、お付きの者を毎回“友”と呼んで、ご自分と同列に並べるのはいかがなものかと。我々はあくまで、藍蘭様に仕える格下の存在ですのに」
「立場はそうであっても、心まで見下す必要がどこにあるのだ鳴沙。身分が違えど、絆を結ぶことはできるはずだぞ。私はお前のことも、本当は友と呼んで親しくしたいというのに」
「お戯れを……」
ちなみにこの会話。香鈴が藍蘭にすっぽり抱きしめられている、状態で交わされている。香鈴としては、気持ちいいやら恥ずかしいやらで頭まっしろ状態だ。こういうところまで、なんともまあクシルとよく似た人である。つまり――自分への好意にてんで気づかない、超ド級の天然というあたりが、である。
「あ、藍蘭、様」
やがて。油が切れたブリキ人形のごとく、不自然な動きと口調で。どうにか、香鈴は口を開いたのだった。
「ご、ご挨拶は、できましたので。少しばかり、鳴沙様に……今後についてのお話を、お、おお尋ねしにいっても、もももよろしいでしょう、か」
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