19人が本棚に入れています
本棚に追加
***
「ああいう方なのよ。理解した?」
「ア、ハイ……」
とりあえず。藍蘭の部屋から出たところで、香鈴は鳴沙に話を聞いていた。ちなみに此処は、后達に仕える女官達の共同作業部屋である。これから殆どの時間を、香鈴は藍蘭のとなりの部屋で過ごすことにはなるが。細かな指導や共同作業は、鳴沙達と共にこの部屋でお願いすることになるのだという。赤い、長テーブルのようなものが並んでいる。これは、着物を縫ったり文書を作成したりという作業を行う場所、なのだろうか。
「藍蘭様は、少々女官に対して……距離が近い方でいらっしゃるのよね。我々下々の者を、友として親しみをこめて扱ってくださる。けして差別なさらない。おまけに、自分専属の女官は毎回一人しか置かないものだから……より、親密感が増すみたいで。藍蘭様付きになった女官は、みんなすぐ藍蘭様の虜になってしまうのです」
「わかります。あんなにお美しい方、今まで一度も見たことがありませんし……」
「でしょう?間違いなく宮中で……否、この国で一番お美しいのはあの方だと断言できるわ。他の后様方も、皆お美しい方ばかりではあるのだけれどね」
なるべく立場を重んじて、后達には平等に接しようとしているらしい鳴沙がここまで言うほどとは。やはり、藍蘭の見目は同性にとっても格別なものとして間違いないものであるらしい。
ただ、そうなると気になることはある。
香鈴が呼ばれたということはつまり――前任者がいなくなったことを意味するのだから。
「……あの。鳴沙様。藍蘭様に今までお仕えした方々は……何故お仕事をおやめになられたのでしょうか」
一応、そのような言葉は選んだが。鳴沙いわく、“非常に人望のあるお后様”である藍蘭である。望んで女官を辞したいと思うものはそう多くはないのではあるまいか。
すると、意図を察したのだろう、鳴沙は渋い顔になって言った。
「……藍蘭様のお付になるのは、とても幸運であり不運でもある……と言ったでしょう?紅帝様は、あの方には選りすぐりの美しい女官をつけたがるのです。美しいものの傍には、美しいものを置いておきたいとお考えなのでしょう。ただ……それはつまり、藍蘭様付きの女官もまた、紅帝様の妾候補になったとうことでもあるのです。他の女官にもいるけれど、藍蘭様付きの方は特に多い。紅帝様の子を身篭ってお仕事をやめた女官は少なくないわ」
それにね、と鳴沙は続ける。
「藍蘭様に出された食事を毒見をして死ぬ者もいる。それから……謎の病気にかかって亡くなる者も、食中毒になる者も。藍蘭様は立場上色々な方に恨まれることが多いゆえ、女官はその都度邪魔と思われて始末されるのではないか……と専ら噂よ」
「そう、ですか……」
「でも、それも貴女の仕事といえば仕事でもある。藍蘭様を狙う矢から、身をもって盾となるのも女官の仕事よ。藍蘭様のような后の方々は、この国の未来を担う御子をお産みになるという崇高なお役目があるわ。そのために、少しでも健康で長く生きて、たくさんの御子様をお産みになっていただかなくてはいけないの。わかるわね?」
それは、いざとなったら藍蘭のために死ねと言っているのも同じだった。鳴沙としても、厳しいことを言っている自覚はあるのだろう。本位ではないのだ、ということがその顔にありありと浮かんでいる。本来は、彼女もとても優しい女性なのかもしれない。
だから、香鈴は。
「承知しております、鳴沙様」
心の底から、己の本心を告げるのだ。
「私は、この命にかえても……藍蘭様をお守りする所存でございます」
そう、クシルを、藍蘭を守れるのならそれでいいのだ。彼女を襲う死の運命に対し、この命一つで抗えるというのなら。
最初のコメントを投稿しよう!