<1・香鈴、参ル>

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 ***  何故、己がこのような永劫の地獄に落ちたのか、香鈴にはわからない。  確かなことは、己の運命の全てはあの世界で始まっているということだった。  魔法と幻想の世界にて、香鈴は”カレン・ラスト”という名前の農家の娘として生を受けた。カレンが幼い頃、国は困窮しそれはそれは酷い有様であったのだが――ある一人の勇猛果敢な少年が国を収めていた暴君を打倒。新たな王として君臨して国を立て直した結果、カレンが物心つく頃には治安は落ち着き豊かな国へと生まれ変わりつつあったのである。  その少年王の名は、クシル・フレイヤ。  長く艶やかな黒髪と海のように深い蒼い眼を持つ、先代王に似ても似つかぬような――それはそれは美しい少年だった。  カレンは、自分達の国を救ってくれたクシルに憧れ、女ながら騎士団に入隊することに決めるのである。元々身体能力には自信があり、さらに国の守護者とされる竜達と対話するという特技も持ち合わせていた。貴重な竜騎士の素質を持つ娘を、クシルは貧しい家柄の出身だと馬鹿にすることもなく受け入れてくれたのである。そもそも、この国の騎士になるということはつまり、竜騎士になることとイコールだ。国の守り神たる伝説のドラゴンに認められ、その守護を許された者だけが竜騎士になることができ、王に仕えることを許されるのだ。クシルは人望ある王であり、彼に仕えたいと集う若者は少なくなかったが、それでも最終的に騎士団に入隊することができた者はほんのひと握りであった。 『私はいずれ、この国の身分制度を完全になくそうと思っている。王政の完全撤廃と、貴族制度の撤廃。それが私の悲願だ。そんなものは夢幻だと皆笑うがな、やはり納得がいかないのだよ』  クシルはカレンに、自らの夢を語ってくれたものである。恐らく、唯一年の近いカレンに親近感を覚えていたのだろう。それだけの理由と分かっていたが、カレンは自分のような者にも分け隔てなく話しかけてもらえることが、嬉しくてならなかった。  口調こそ堅苦しく、一見クールにも見える彼が。自分の前では柔らかい笑顔を見せてくれる。恐らくは――身分違いと分かっていながらも。自分は彼に対し、淡い想いを抱いてしまっていたのだろう。その気持ちを、一生伝えるつもりはなかったけれど。
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