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決まっていることは、一つだけ。この世界にもクシルの生まれ変わりが存在し――自分はその最期を、必ず見届けることになるということだけだった。しかも、クシルの生まれ変わりである人物は記憶がないはずなのに、何故か皆心優しく美しく――されと非業の死ばかりを遂げるのである。
自分とクシルの性別は、必ずしも女と男ではなかった。女と女である時も、男と女である時も、男と男である時もあった。確かなことは、必ず出会って必ず悲劇に見舞われること。そして――どれほど生まれ変わりを繰り返しても、カレン=香鈴がクシルを思う気持ちは強くなる一方だということだけであった。
どれほど恐怖しても、その心だけがカレンを、香鈴を支えているのである。
次の世界こそは、クシルを幸せにしてみせると。
どんな世界であっても、クシルが彼であっても彼女であっても――その命を救ってみせるのだと。
――そうでなければ……私の地獄も、彼の地獄も報われないのだから。
故に、この世界でもまた。香鈴は香鈴としての人生よりも、再び巡り合うであろうクシルのことに想いを馳せるのである。自分が宮廷に召抱えられることになるのであれば、必ずそこにクシルがいると確信しているからだ。
彼は、男であろうか。あるいは女であろうか。
大抵その姿はクシルであった頃の面影を残しているし、自分は彼が彼であることを見抜けなかったことは一度もない。きっと今回もまた、美しい存在であるのだろう。帝であるのか、あるいは女官や正室側室達の中にいるのか。
――やるべき事は変わらない。私は、私のやり方で今度こそ貴方を救ってみせる……それだけだ。
そして今、香鈴は強い意思を持って――母が仕立て上げてくれた唯一の着物を着て、帝の前に跪いているのである。
此処が、自分が生きていく場所。
そして、恐らく――愛する人が生きている場所だ。
「面を上げよ、縁香鈴」
皇帝の、どっしりとした低い声が響く。やはり、と再度紅帝の声を聞いて香鈴は思う。帝では、ない。あの方の声ならば聞いただけでわかる自信がある。何より、こうして見上げた先の帝の姿は、自分が知るクシルとはあまりにも似ても似つかない。
黒髪紅目、口ひげを生やしどっしりと構えた巨漢の男。紅い瞳は、紅の国の王位継承者の証でもある。年は確か三十から四十といったところであっただろうか。まっすぐに帝を見つめる香鈴に、紅帝はほう、と溜息をついた。
「なるほど、やはり美しい娘だ。私の后達ほどではないが……」
それを聞いて、顔を顰めそうになるのを香鈴はギリギリのところで抑えた。本当に、感情があまり面に出ない質で本当に良かったと思う。鉄仮面、などと揶揄されがちなのはカレンの頃から変わっていない。あの時と違って、今の自分はやや茶色がかった黒髪だけれど――因果なことに、瞳の色はあの世界の自分と同じだ。
「青い眼……もう一度確認しておこう。そなた、蒼の国の者ではあるまいな?」
「誓って」
予想していた答えだ。紅の国と蒼の国は昔から犬猿の仲である。そして蒼の国の蒼帝は、代々王家特有の蒼い瞳を持っている。それに近い瞳の色の者は普通の民にいてもおかしくはないが、それでも紅の国では相当珍しい色であることに間違いはなかった。疑われるのも仕方のないことではある。
「私は、縁家の血を継ぐ娘にございます。養子などではないこと、書面でも秘術による検査でも証明できます。私の故郷は紅の国一つ。誓って、蒼の国とは縁もゆかりもございませぬ」
追い返されるならそれはそれ、それが自分の運命でなかっただけのこと。それでもまた、元来の生真面目さゆえ真剣な答えを返す香鈴を――恐らくさほど疑っていたわけでもないのであろう紅帝は、心底満足そうに頷いて見せたのだった。
「良かろう。……そなたは舞も歌も堪能であると聞く。どうか、我が后の世話をすると共に、その心を慰めてやって欲しい。后達はこの宮殿から出ることの叶わぬ身。娯楽は非常に少ないのだ」
「承知いたしました」
「すぐに女官の服を用意させようぞ。おぬしに仕えて欲しい后はもう決まっておるのだ」
厳格で恐ろしい王という噂もあったが、どうやら第一関門はクリアであるらしい。なるべく帝の機嫌は上手に取っていかねばなるまい。香鈴は深々と頭を下げた。
自分の戦いは、今此処から始まるのだ。
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