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<2・鳴沙、教エル>
「どうやらきちんと着替えられたようで何より、新入りさん」
まるで巫女さんみたいな衣装だな、と真っ赤な袴を履いて思っていた香鈴は。やや甲高い女性の声に顔を上げた。
そこに立っていたのはここで最も古参の女官にして、筆頭の立場にある女性・鳴沙である。側仕えの女官に本来は引退などないはずなのだが、この場所にはどうにも若い女性ばかりが多い印象だ。鳴沙は数少ない、四十を控えたやや年輩とも云うべき年齢の女性であった。お局様ってこういう人を言うんだろうか、などと前世までの経験ゆえ考えてしまう香鈴である。
「それでは、貴女がお仕えする側室の方の元に案内させていただきますが……その前に。此処の約束事などを、話させていただきますわ。没落貴族様は、宮廷の規則などはてんでご存知ないでしょうから」
あ、この人結構いい家柄の出身かな、なんてことを思う香鈴である。今、さらりとイヤミを言われた。香鈴の家“縁家”は、元々は上級貴族の家柄であったはずなのだが、開拓事業に失敗して都を追われ、現在は辺境の土地で殆ど農民に近いような暮らしを与儀なくされているのである。そのあたりのことは、残念ながら香鈴が生まれる前のことであるため詳しくは知らない。ただその“失敗”が相当てひどいものであったらしく、宮中の者達には“あの縁家の娘が来たらしい”と笑い話にされているようだった。
まあ、自分がやらかしたことではないし、家のことにそこまでこだわりがあるでもない。世間知らずの没落した一族であるのは事実だ。特に気分を害することもなく、その通りでございます、鳴沙様、と頭を下げた。
「仰る通り、私めにはまだ宮中の規則はおろか、都の決まりごとに関しても殆どわからぬ状況にございます。お手数おかけしますが、一から教えて下されば幸いです。日々精進し、少しでも鳴沙様や先輩方に追いつけるよう粉骨砕身務めて参りますので」
「いい心がけね。今時の若い子にしてはものがわかっているじゃないの」
わかりやすいまでに鳴沙は機嫌を良くした。女官筆頭、ということはこれから先長い付き合いになる相手だ。仲良くしておくに越したことはないのである。ここから先、自分は生涯この宮中から出ることなく過ごすことになる可能性が高いのだ。唯一、殿方との交渉事にも出ることがある女官筆頭の情報は極めて重要である。裏を返せば、鳴沙に嫌われた場合外の情報が殆ど遮断されてしまう可能性があるのだ。
自分は、宮中はおろか、この世界に関してもまだわからないことが多すぎる。十五年間、この世界で生きてはきたものの、どうしても過去の記憶や常識が邪魔をしてきて理解を阻むことも少なくないのだ。ましてやこんな、平安の都(若干江戸時代も入っている気がしてならない)と昔の中国があわさったような世界に転生するなど夢にも思わなかったこと。元々外を駆け回る方が好きな性分なので、閉鎖的な宮中でどこまで耐えられるかだけが少し心配だった。じっとしているのは、性に合わないのである。
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