<3・欲情、足掻ク>

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<3・欲情、足掻ク>

 なんとまあ悪趣味なこと。こうして天井を見上げるたび、藍蘭は毎回そう思うのである。  紅帝と交合うこの部屋は、天井が鏡張りになっている。豪奢なベッドに横たわれば、当然のように生まれたままの姿が鏡にありありと映し出されることになるわけだ。  みっともない姿よな、と自嘲してしまう。天井の鏡の中には、長い黒髪を広げ、白い裸体を晒す己がいる。無駄に重たい乳房を揺らし、まるで蛙にでもなったかのように大きく足を開く姿のなんと醜いことであろうか。その股間は、愛してもいない男にあられもない水音を立てて貪られている真っ最中である。藍蘭の花びらを愛することに夢中である男は、自分がこうして天井に向ける冷めた眼になど一向に気付く気配がない。 「あ、うぅっ……くっ」  いっそ、何も感じないならどれほど楽であっただろう。それこそ、天井の鏡の端、やや手入れが足りず錆び付き始めている箇所の数を数えることにばかり専念することができたのであれば。退屈ではあろうが、自分が自分を裏切ったことに絶望することもなかったに違いない。――現実の藍蘭の喉は、本人の意思に反して壊れたようにはしたない喘ぎを漏らし続けているからどうしようもない。  最初に破瓜の血を散らせた相手は、この男ではなかった。  それでも一番はじめの時は激痛で泣き叫ぶほどで、むしろそれが救いでさえもあったというのに。  適応力とは恐ろしい。今年十六にもなれば、数年もの間慰みものにされた体は嫌でも生きるための力を身につけてしまう。痛みを麻痺させ、これが快楽だと誤解させるようになるのだ――それが己の望みだというように。子供を産み、育てる女の本能であると言わんばかりに。 「何を考えているのだ、藍蘭」 「!」  ふと、股間の間から声が響く。立派な髭を生やした壮年の帝が、いつの間にか藍蘭を慰めるのをやめてこちらを見ていた。藍蘭の蜜で、その黒い髭と口元がてらてらと濡れているのを見て思わず恥ずかしさに眼を背けてしまう。生娘でもあるまいし、一応相手は自分の“夫”と呼ぶべき存在。そんなことを恥じらう意味などとうにないというのに。 「まさか、私以外の男のことを考えていたわけではあるまいな?お前は、“経験豊富な女”であるからなあ……」 「……申し訳ありません、綺麗な体ではなくて」  思わず、苦い声で返してしまう。それは暗に、元娼婦などという女に一目惚れして娶ったお前がもの好きなだけだろう、という皮肉も含んではいた。きっと紅帝にも伝わったことだろう――ハハハ、と豪快に声を上げて笑う男。それくらいで機嫌を損ねることがないことはわかっている。いかんせん、藍蘭が己の無駄な“経験値”を誰よりも蔑んでいることなど、とうにこの男の知るところであるのだから。
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