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明蝶に虚偽の報告をさせて、その結果香鈴を“藤蘭殺害の犯人”として告発させることに成功したまではいい。しかしその後のことは、緑蘭にとって計算外ばかりが続いているのだった。一晩置かれたことで、香鈴が拷問に恐怖して自害するかと思いきやそのようなこともなし。それどころか、紅帝に対してはっきりと己の無実を、理路整然と説明したという。
おまけに、まさか証言者である明蝶までが捕まってしまうとは思ってもみなかった。明蝶が虚偽の報告をした可能性をも疑われていると聞き、緑蘭が焦ったのは言うまでもない。明蝶のような意思の弱いクズな娘が、過酷な拷問に耐えられるとは思えなかった。うっかり自分の名前を吐いてしまいかねない。いや、彼女が緑蘭に命じられたなどと言っても、后である自分の方が権限が強い以上突っぱねることもできなくはないが――。
加えて香鈴が、全く拷問に屈していないらしいというのが問題なのだ。朝からずっと責められ通しだというのに、彼女は自白する気配が一切ないのだという。それどころか、口を開けば無実の主張ばかりを繰り返す。命乞いや、いっそ殺して欲しいなどという懇願をする気配もない。自分に欠片の忠誠もないであろう、意志の弱すぎる明蝶との比較に余計苛立ちを覚えるのは言うまでもないことだった。彼女が死ぬまで自白をしなかった場合、間違いなく次に拷問にかけられるのは明蝶である。彼女の場合は、それこそ尋問官の隙を見て先んじて自害してしまいかねない。それは、罪を認めたも同じであるにも関わらず、だ。
――どうにかならないの!?あの香鈴を、屈服させる方法は……!ああ、くそ、くそくそくそくそ!何でこんなことになっているの!あたくしの計画は、完璧だったはずなのに!!
既に日は陰り始めている。苛々しながら廊下をうろついていると、よりにもよって一番見たくない女の姿に出くわした。
藍蘭である。しかも彼女は緑蘭がいるのに気がつくとまっすぐこちらに歩いて来るではないか。女官を傍につけていない――監視役のくせに、あいつらは何処に行ったんだ、とさらに腹立たしくなった。どいつもこいつも、何故自分の思い通りに動かないのか。
「緑蘭様」
そして藍蘭は。まるで緑蘭の行く手を阻むように目の前に立つと――氷のように冷え切った眼で、緑蘭を睨んで告げたのである。
「このような結果で、満足ですか。罪もない香鈴が、かのように苦しんでいるのを聞いて」
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