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<24・愚者、堕チル>
忌々しいが。藍蘭が美人の部類であることは、緑蘭とて認めていることである。自分に及ぶとは全く思っていないが、どこか男性的でさえもある鋭く怜悧な顔立ちに、背徳的な魅力を感じる男はきっと少なくないのだろうということも。加えて腹立たしいことに、非常に豊満な胸も持ち合わせている。男を煽るために産まれた娼婦育ちの女ならば当然だろう。まったく、汚らしいたらありゃしないが。
しかし、普段の藍蘭は、誰と話していても比較的穏やかで明朗快活な印象である。自分がイヤミを投げつけても、わりと笑顔で流してくるのが腹立たしい限りだ。そして、自分と違って女官達ともなかなか親しくしているらしい。身分が下である自覚がある女官達が、后にまるで同年代の友のように扱われて嬉しくないはずがない。わかっていても、下々の者と対等になるなど考えられない緑蘭には到底できない真似であったが、最下層の出身である藍蘭には抵抗がないのだろう。はしたなく、大声を上げて笑っている様も何度か見かける。彼女の周りには、お付きの女官のみならず、恋敵である他の后達もよく集まっているのを見かけていた。まるで、仲良しこよしの女友達にでもなったかのように。
その上でだ。彼女は、紅帝に最も寵愛を受けているのである。
藍蘭が次々と見せつけるように子供を産んだ時、自分がどれほど恐怖したかわかるだろうか。
そして、その子が皆女児であることを知ってどれだけ安堵したか。
自分は一人男児を産んだが、その男児はあまりにも出来がよろしくない。次の、優秀な男児を産まねば地位が危ぶまれることは想像に難くなかった。この自分が。緑の国一の美姫とされ、誰からも持て囃されて生きてきた自分が。緑の国の存続のため、その代表として紅の国に嫁ぐことになった自分が。正室という座を与えられながらも一番に愛されず、しかも娼婦上がりの女に地位を脅かされるなど――それが、どれほどの屈辱であったことか。
――だから、あたくしはあんたが嫌いなのよ……!
その全てをひっくるめて、緑蘭は藍蘭のことが大嫌いだった。
何度もひっそり暗殺を目論んだが、そのたびに彼女の女官が盾となって失敗に終わった。あの女は、女官達が“命をかけて守りたい”と思わせるほどの何かを持っているらしい。自分の女官達は、びくびくと己に怯えてばかりだというのに。命じられなければ、空気を読んで行動することもできない馬鹿ばかりだというのにだ。
ゆえに、緑蘭は学んだのである。度重なる暗殺失敗ゆえ――直接命を狙いにいっても徒労に終わるだけだと。ならば、搦手を狙った方が成功率が上がるはずだと。
藍蘭暗殺に比べれば、藤蘭暗殺は非常に簡単にうまくいった。藤蘭の膳は、本人の意向ゆえなのか毒見係がついていなかったのである(それは女官を慮ったがゆえなのか、毒見係に箸をつけられるのが嫌だったのかは定かではないが)。毒草を摘ませるのも混入させるのも全て明蝶にやらせた。自分はただやれと命じただけである。万が一明蝶がやったとバレても、自分は知らないとつっぱねればそれでいいだけのこと。しかし、そのような事態にはまずならないとも踏んでいたのだ。明蝶が証言し、香鈴が捕まえられてしまえばそれで終わると。
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