85人が本棚に入れています
本棚に追加
縁組
ふふふ。と、有朋は笑い出した。
「どうしたのだ?」
「いえ、可愛らしい推理だと思って」
ばかにされたと思ってか、圭の目が釣り上がった。
「そこまでくれば、不義を疑うべきでしょう?」
圭が頬を赤く染めたのを見て、有朋はクックと喉で笑った。
「君、怒ってるのかい?
決して、高林さんとの不義を疑っているのではないよ。彼の表情を見ればわかるだろう?」
圭は、自分の失言に気付いたらしく、更に顔を赤くした。
「申し訳ありません。そのような意味では」
「分かっています。
第一、推理をするのに、枷があってはいけない。それくらい僕だって理解していますよ。
長瀬さん、僕、怒ったように見えましたか?」
「怒っていないのかい?」
「怒っちゃいませんよ。
社長が僕に気を遣うのは、僕が他人だからですよ。小さな頃から高林家で育てられて、子供同然ではあるけれど、やはり、他人の遠慮がある。それだけですよ」
「そう。
君は、養子の件を受けるのだね?」
「勿論」
そうなると、有朋が犯人である可能性は、零になったも同然だった。養子縁組が終わっていない今、義礼に死なれては困るのだから。
「申し訳ないが、映子さんに会わせてもらえないか」
応接室で待っていて下さい。と、言い残して、有朋は、義史邸に向かった。
圭は神妙な面持ちで、黙り込んでいる。
「圭君、気にしなくていいよ。誤解だと相馬も理解しているのだし」
「あ、いえ、気にしているわけでは」
圭はそう言いながらも、やや俯き加減のまま。どう宥めるべきかと、隼人も悩み、黙り込む。
結局、有朋が戻って来るまで、互いに黙り込んだままであった。
「男ばかりの中に、令嬢一人で連れて来るわけにはいきませんので」
「敏と申します」
若い女中が、映子の隣を陣取っている。賢そうだが、顔色の良くない娘。
有朋には席を外してもらい、隼人は映子と向かい合う。が、映子はどうやら、圭に興味があるようだ。名乗った圭に対して視線を露骨に送るばかりで、自分は名乗りもしない。
「貴方、綺麗なのに男の子なのね」
相変わらず場の空気を無視している。
「残念だわ」
何か残念なのか。謎の言葉は無視する。
「映子さんに伺いたいのですが、高林の事業を、相馬君が養子に入って継ぐそうですが、ご存知ですか?」
映子は、眠そうにも見える目を、漸く隼人に向けた。
「知ってるわ。伯父様、有朋さんが凄くお好きなのよね」
「義礼氏が、相馬君に継がせると言い出したのですか?」
「いいえ。お父様が私を嫁に出すと言い出したのよ」
「どうして、そんなことを言い出したのでしょうか」
「伯父様に遠慮したんじゃないのかしら。結局、伯父様が権力者ですものね」
映子は、声も高らかに笑った。
「もしかしたら伯父様、有朋さんに誑かされたのではないかしら」
品のない言葉に、圭は呆れた表情を見せる。
「映子さんは、相馬君をどう思っているのでしょう?」
「なぁんにも」
舌っ足らずに言いながら、圭を見つめる。
「有朋さんを跡取りにして、私を追い出そうとした伯父様を恨んで、私がなにかしたと思っているのね?
でも、私じゃないわよ。だって、私、伯父様が大好きですもの。伯父様は私を可愛がってくれているもの」
くれている。と、映子は言った。決して、くれていた。とは言わなかった。義礼の愛情を認めている。映子には殺意が無いと物語っているに等しい。
なにより、どう見ても軽々しい性格の映子が、痕跡の一つも残さずに義礼邸に忍び込んだり、殴ったりできるとは思えない。
「本当に綺麗ね、貴方」
うっとりと、映子は囁いた。
最初のコメントを投稿しよう!