縁組

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縁組

 ふふふ。と、有朋は笑い出した。 「どうしたのだ?」 「いえ、可愛らしい推理だと思って」  ばかにされたと思ってか、圭の目が釣り上がった。 「そこまでくれば、不義を疑うべきでしょう?」  圭が頬を赤く染めたのを見て、有朋はクックと喉で笑った。 「君、怒ってるのかい?  決して、高林さんとの不義を疑っているのではないよ。彼の表情を見ればわかるだろう?」  圭は、自分の失言に気付いたらしく、更に顔を赤くした。 「申し訳ありません。そのような意味では」 「分かっています。  第一、推理をするのに、枷があってはいけない。それくらい僕だって理解していますよ。  長瀬さん、僕、怒ったように見えましたか?」 「怒っていないのかい?」 「怒っちゃいませんよ。  社長が僕に気を遣うのは、僕が他人だからですよ。小さな頃から高林家で育てられて、子供同然ではあるけれど、やはり、他人の遠慮がある。それだけですよ」 「そう。  君は、養子の件を受けるのだね?」 「勿論」  そうなると、有朋が犯人である可能性は、零になったも同然だった。養子縁組が終わっていない今、義礼に死なれては困るのだから。 「申し訳ないが、映子さんに会わせてもらえないか」  応接室で待っていて下さい。と、言い残して、有朋は、義史邸に向かった。  圭は神妙な面持ちで、黙り込んでいる。 「圭君、気にしなくていいよ。誤解だと相馬も理解しているのだし」 「あ、いえ、気にしているわけでは」  圭はそう言いながらも、やや俯き加減のまま。どう宥めるべきかと、隼人も悩み、黙り込む。  結局、有朋が戻って来るまで、互いに黙り込んだままであった。 「男ばかりの中に、令嬢一人で連れて来るわけにはいきませんので」 「敏と申します」  若い女中が、映子の隣を陣取っている。賢そうだが、顔色の良くない娘。  有朋には席を外してもらい、隼人は映子と向かい合う。が、映子はどうやら、圭に興味があるようだ。名乗った圭に対して視線を露骨に送るばかりで、自分は名乗りもしない。 「貴方、綺麗なのに男の子なのね」  相変わらず場の空気を無視している。 「残念だわ」  何か残念なのか。謎の言葉は無視する。 「映子さんに伺いたいのですが、高林の事業を、相馬君が養子に入って継ぐそうですが、ご存知ですか?」  映子は、眠そうにも見える目を、漸く隼人に向けた。 「知ってるわ。伯父様、有朋さんが凄くお好きなのよね」 「義礼氏が、相馬君に継がせると言い出したのですか?」 「いいえ。お父様が私を嫁に出すと言い出したのよ」 「どうして、そんなことを言い出したのでしょうか」 「伯父様に遠慮したんじゃないのかしら。結局、伯父様が権力者ですものね」  映子は、声も高らかに笑った。 「もしかしたら伯父様、有朋さんに誑かされたのではないかしら」  品のない言葉に、圭は呆れた表情を見せる。 「映子さんは、相馬君をどう思っているのでしょう?」 「なぁんにも」  舌っ足らずに言いながら、圭を見つめる。 「有朋さんを跡取りにして、私を追い出そうとした伯父様を恨んで、私がなにかしたと思っているのね?  でも、私じゃないわよ。だって、私、伯父様が大好きですもの。伯父様は私を可愛がってくれているもの」  くれている。と、映子は言った。決して、くれていた。とは言わなかった。義礼の愛情を認めている。映子には殺意が無いと物語っているに等しい。  なにより、どう見ても軽々しい性格の映子が、痕跡の一つも残さずに義礼邸に忍び込んだり、殴ったりできるとは思えない。 「本当に綺麗ね、貴方」  うっとりと、映子は囁いた。
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