関係

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 「何か聞き出せましたか?」  疲れ切った二人を見て、苦笑気味に有朋が言う。 「彼女は犯人ではないね」  圭は青い顔で、同感。とばかりに頷いている。  義史にも話を聞きたかったが、仕事で留守にしていた。義礼が動けない今、義史の立場は重くなっている。心配でも、屋敷の中に留まっているわけにはいくまい。  その後、屋敷中の使用人に色々と問うてみたが、誰一人、怪しい人間も見ていなければ、家人の不審な行動も見ていない。全く収穫もないまま、時間は過ぎた。  「敏さんの顔色、気になりませんか?」  高林家を出て、半里も歩いた頃、圭が、声を潜めるようにして言った。 「君も気になったかい?」 「はい」  敏は、田舎者の素朴さを失わぬ、好感の持てる娘だったのだが、病的に顔色が悪かった。女中らしい仕事は殆どせず、映子のお相手だけをしているらしい。映子のことを聞いてみると、優しいお嬢様だ。と、笑って答えた。 「疑うのが癪な気もしますが、彼女は気にした方が良いのではありませんか?  私は、家人の仕業ではないかと思っています」 「俺も、内部の犯行だと思う」 「相馬さん」  遠慮勝ちな声だったのは、友人である隼人への気遣いだろう。 「怪しい?」  圭は小首を傾げた。 「怪しいと言えば怪しく、怪しくないと言えば怪しくない。でしょうか。  あの状況で養子の話を出すのは、自分には犯行動機が無いと言っているも同然で、逆に怪しい気がします」 「それじゃ、奥方は?」 「奥様は、関係ないと思います」 「どうして? 良人が殺されそうになったとは思えないほど、冷たい態度だったとは思わない?」 「思います。だからこそ、疑う必要が無いと思うのです。もし、疚しい気持ちがあるならば、隠すためにわざとらしく心配するのではないでしょうか」  圭は、隼人とほぼ、同じ考えを持っているらしい。  ただ、有朋に関しては、怪しいと言い切ることができない。友人としての立場がそう言わせるのかもしれないから、今は、圭の方がずっと考えは柔軟だろう。 「実は、相馬さんに対する高林さんの態度が、まだ気になっているのですが」 「不義の件なら、もう」 「いいえ、その件なら、もう気にはしていません。相馬さんの仰る通り、推理に枷をつけてはいけませんし。  私が気になったのは、映子さんの言葉です。大好き。とか、誑かされた。など、大人の男性から、青年に対する感情として使うには相応しくありません。  高林義礼氏の結婚が遅かったのは、もしかしたら。と、考えなくもありません」  映子の言葉だから気にもしなかったが、そう言われると、さっき、有朋が圭に怒りを示したのも、恋人としての嫉妬と取れる。  恋人同士だとしたなら、動機は他人にはなかなか分かるまい。 「義礼氏は、義史氏より結婚が遅かったそうだからね。君、よく知っていたね」 「有名な方ですから」  今までの熱弁はどこへやら、素っ気ない返事。  山の端を、夕日が赤く染めている。赤から紫、紫から濃紺、そして黒へと色を変え、宝石の様な星を瞬かせ始めた。日はすっかり短くなったようだ。  自宅に戻ると案の定、光が灯っていた。勇一郎がのさばっているのだろう。  玄関を開くと、良い匂いが漂ってきた。  田舎の豪農の出であるにも関わらず勇一郎は、隼人と同じく家事を苦にしない男だった。と言うよりは、気に入らぬ味付けの食事をするのが苦痛なので、自分で作る以外に無かった。と言うのが正しい。故に、西洋料理の真似事をする隼人と違い、お袋の味以外は作ろうとはしなかった。  昨夜の成果は昼間のうちに記事にし、新聞社に届けたから今日は気楽なのだ。と、夕餉の用意をしてくれていた。  得意の筑前煮と若芽の味噌汁をありがたく頂くと、遠慮する圭を促して、先に湯を使わせる。 「お前には話しておいたほうがいいと思う」  隼人は、圭を見つけ出した経緯と、今日、有朋から聞き出した内容を、簡単に話した。 「山科か。実はあいつ、綺麗な子供を集めてるって、専らの噂なんだよ」 「お稚児趣味か。しかし、顔が綺麗なら、性格はどうでもいいのか? 圭君はかなり、性格きついみたいだけど」 「お稚児趣味じゃねぇぜ、単なる助平だ。女の子もいる。  不思議な事に、子供は今、山科邸にいる様子はない。売られたろうな」 「売る?」 「若くて綺麗な子を手に入れて、言うことを聞くよう仕込めば、結構な金になるぜ。相馬を欲しがったのも、そういうことだろう?  高林も知らぬわけではなかろう。だから手放さなかった。良識のある大人なら、当たり前だ」 「ちょっと待て。良識ある大人が、そんなたちの悪い男と付き合うものか?」 「利害が一致すれば、目を瞑るだろう。それが、大人ってもんだ」  隼人は、腕を組んだまま空を睨んだ。   大人とは何なのか。金の為なら何をしても恥じ入らない生き物なのか?  欲の皮の突っ張った大人が、稚い(いとけない)子供を食い物にする。無垢であればあるほど、高価な商品に見えるのだろう。  背筋が寒くなる。 「子供はどうやって手に入れるのだ? 攫うのか?」 「攫ったら、厄介な事になるだろう? 警察が動く。貧しい家なら、少し金を出せば手放す。こんな言い方が良くないのはわかっているが、女郎はそうやって売られた子ばかりだろう?   けど、圭ちゃんの場合、母親が殺されたってのが気になるな。子供とはいえ、社会的地位のある人間だ。  俺が聞いた話では、先代が亡くなった時、男爵本人は爵位を返上するつもりだったらしいが、母親が、自分達の代で家を無くしてしまうのは厭だと言いはったらしい。  つまり、母親が死ねば、圭ちゃんが平民の立場になると分かっていたと言うことだ。  身内もいない、金も無い。そんな子供がどこへ行こうと、何になろうと、気にする者はない」  社会の闇が、圭の前に口を開いている。そんな気がした。 「山科は親の代から良い噂は聞かない。こう言っちゃなんだか、高林がどうして、親しくしていたのかが疑問なんだよな。先代は勤勉で、真面目な人だったし、今の社長だって、悪かない。  そりゃ、少々強引で、利益の為なら義理人情を無視する態度を非難されてはいるけど、それが商売ってもんだと、俺は思っているし」 「俺は明日から、相馬の叔母を探そうと思う。義礼氏を殺そうとした犯人は、警察に任せれば良いだろう。  依頼に来た時の義礼氏の態度がどうしても気になるのだ。  おまけにあの事件は、依頼に来てすぐに起こった。何かがある筈だ。隠さなくてはならない何かが」 「それじゃ俺は、山科を調べてやるよ。気にはなってたからな。どうやらとんだ醜聞が隠されているみたいだ。  いつまでも野放しにしてちゃ、圭ちゃんが心配だろう?  随分気に入ったみたいだな」  からかうように、勇一郎は笑った。 「そうだな。最初は同情だったけど、一緒にいると楽しいし、独りよがりな考えに偏らずに済む」  表面だけ見ると子供らしくなく、はっきり言えば、可愛げに欠けるが、傍にいれば、圭の持つ子供らしさを嫌でも見せつけられる。  今までは華族として、模範的な人間でなければならなかったのだろう。能面のような無表情は、それが原因ではないかと思われる。  しかし、子供扱いされた時や、女の子と間違えられた時など、露骨なまでに不快を表す。反対に、頼りにされたと感じた時は、照れたような笑みを浮かべるのだ。  まるで、年の離れた弟ができたような楽しみがあった。  ややあって、白い肌を少しばかり紅潮させた圭を、二人は当たり障りのない世間話で仲間に加えた。  話の中に勇一郎は故意に、圭が知っているであろう華族の話題を挟んで、様子を伺っていたが、完璧なまでに、表情を変えなかった。恐らく圭にはもう関係のない、どうでもいい話だったのだろう。そう思わせられた。
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